2026.01.31
「糸偏コラム:私の回顧録」第46回 では、京都のプリント工場(捺染場)を訪れた体験を通して、仕入れの仕事に生まれた小さな変化を描いた回です。手捺染という技法で、一色ずつ職人の手により刷り重ねられていく現場は、想像以上に手間と時間、そして過酷な環境の上に成り立っていました。その工程を目の当たりにすることで、生地の価格や価値の背景を自分の言葉で語る必要性を実感します。柄だけでは語れないプリント生地の奥行きと、「現場を見ること」が仕入れにもたらす意味を静かに伝える内容です。

筆者自身が歩んできたファッションと繊維の道のりを、ひとつひとつ振り返りながら綴るエッセイです。 華やかな成功談だけではなく、迷い、立ち止まり、時に遠回りしながら積み重ねてきた実感のある経験を、できるだけ正直な言葉で記していきます。
学生時代に芽生えた服への興味が、どのようにして仕事へと変わっていったのか。 業界に足を踏み入れて初めて知った現場の空気、素材や生地に触れたときの高揚感、思い通りにいかない現実に直面した瞬間。 そうした日々の出来事の中には、今振り返るからこそ語れる失敗や、思わず笑ってしまうようなエピソードも少なくありません。
このコラムでは、知識や理論、分析を前面に出すのではなく、「そのとき、何を感じ、何を考えていたのか」という個人的な視点を大切にしています。 繊維や服づくりの世界は、数字やトレンドだけでは測れない、人の感情や関係性に支えられた場所でもあります。 そのリアルな温度感を、体験談を通して伝えていきたいと考えています。
業界に興味を持つ方にとっては、ひとつの実例として。 これから進路や仕事に悩む方にとっては、遠くない誰かの物語として。 答えを提示するのではなく、「そんな道もあるのか」と感じてもらえるような、ささやかなヒントになれば幸いです。 洋服とともに歩んできた時間の断片を、どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。

「糸偏コラム:私の回顧録」第46回 では、京都のプリント工場(捺染場)を訪れた体験を通して、仕入れの仕事に生まれた小さな変化を描いた回です。手捺染という技法で、一色ずつ職人の手により刷り重ねられていく現場は、想像以上に手間と時間、そして過酷な環境の上に成り立っていました。その工程を目の当たりにすることで、生地の価格や価値の背景を自分の言葉で語る必要性を実感します。柄だけでは語れないプリント生地の奥行きと、「現場を見ること」が仕入れにもたらす意味を静かに伝える内容です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第45回 では、筆者がはじめて織りの現場を訪れ、仕事観が大きく揺さぶられた体験を描いた回です。展示会や見本帳だけで判断していた仕入れから一歩踏み込み、尾州の機屋や染色整理工場を訪問。織機の音、鋸屋根から差し込む北の光、職人の所作を目の当たりにし、生地は数字ではなく人の手と時間から生まれるものだと実感します。この原体験は、今のTexStylistにつながる大切な原点となり、「現場を見ること」「背景を知ること」の意味を静かに教えてくれます。

「糸偏コラム:私の回顧録」第44回 では、仕入れ担当としての仕事観が大きく変わっていった“出版社との関わり”を振り返る回です。広告担当を任されたことをきっかけに、仕入れと広告、販売は切り離せないものだと実感。雑誌広告から誌面通販への挑戦、編集者と生地を選ぶタイアップ企画、布地図鑑の監修や催事販売などを通して、「売る」以上に「伝える」ことの大切さを学んでいきます。生地を素材ではなく物語として届ける視点は、その後の仕事やTexStylistの考え方にもつながっていきました。仕入れの枠を超え、人と人をつなぐ仕事へと広がっていく過程を描いています。

第43回:私の回顧録
仕入れ編 〜ホームページ 影響を受けたこと 2〜
「糸偏コラム:私の回顧録」第43回 では、ホームページ作りや仕入れの考え方に大きな影響を与えたサイト「ひらけ服!オープンクローズ」との出会いを振り返ります。SNSが一般的になる前、誰でも参加でき、プロと初心者が同じ目線で語り合えるそのコミュニティは、洋服や生地の知識が惜しみなく共有される“開かれた場”でした。正しい知識をわかりやすく伝えることが信頼につながる――その実感は、自社ホームページでの情報発信や仕入れの視点にも静かに影響を与えていきます。サイトは姿を消しても、伝える姿勢や人との距離感は今も心に残り、仕事の土台となっていることを描いた回です。

第42回:私の回顧録
仕入れ編 〜ホームページ 影響を受けたこと〜
「糸偏コラム:私の回顧録」第42回 では、ホームページ作りの原点とも言える「影響を受けた出来事」について振り返ります。きっかけは、取引先から届いた一枚の招待券で訪れたギフトショーでした。そこで出会ったのは、ニットに特化し、洋裁のハードルを下げることで多くの人を惹きつけていた洋裁教室。その姿から、「難しく見せているのは伝え方なのではないか」「楽しさを先に届けることが大切なのではないか」と気づかされます。この体験は、後のホームページ運営や「パパソー」という企画にもつながり、売るための場ではなく、伝え、体験を共有する場としての方向性を形づくっていきました。静かですが、確かな転換点となった出来事を描いた回です。

第41回:私の回顧録
仕入れ編 〜ホームページ ネット販売〜
「糸偏コラム:私の回顧録」第41回 では、ホームページを通じた「販売」というテーマに向き合います。今でこそ当たり前となったネット販売ですが、当時は簡単に踏み出せるものではありませんでした。既存のプロ向け顧客との信頼関係を守りながら、新たに出会ったホームソーイング層にも応えていく。その間で揺れ動き、価格表示や売り方に悩み続けた日々が描かれます。やがてBtoBサイト立ち上げという一つの答えにたどり着き、ホームページは「売る場」であると同時に「伝える場」だと再認識していきます。販売を通して見えてきた、自分なりの距離感と仕事への向き合い方を振り返る回です。

第40回:私の回顧録
仕入れ編 〜ホームページ 運営と裏側〜
「糸偏コラム:私の回顧録」第40回 では、2004年に立ち上げたホームページは、完成した瞬間がゴールではなく、本当のスタートでした。本コラムでは、その後13年間にわたる運営の日々を振り返ります。ネット洋裁教室「服作り工房」と「パパソー親ばか日記」という二つのコンテンツを軸に、更新作業や仲間との制作時間、少しずつ積み重なっていった信頼とつながり。数字では測れない手応えが、確かにそこにはありました。一方で、時代の変化や業務の拡大により、制作に割ける時間は徐々に減り、更新終了という選択を迫られます。続けることの大切さと、終わらせる決断。その両方を経験したからこそ見えた、ホームページ運営の裏側と、静かに役目を終えていく過程を描いた回です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第39回 では、2004年に立ち上げたホームページ開設の舞台裏を振り返ります。売上を伸ばすための販売ツールという現実的な目的の一方で、「生地を選んだ理由や背景まで伝えたい」という個人的な想いが、この挑戦の原動力でした。商品情報だけでなく、洋裁の楽しさを伝えるコンテンツや、娘の服作りを綴った日記など、当時としては珍しい発信を重ねていきます。試行錯誤しながら13年間続けたホームページは、単なる通販サイトを超え、お客様との信頼を育てる場に。仕入れの仕事と発信が重なり合った、静かで大きな転機を描いた一編です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第38回 では、仕入れ担当として常に意識していた“販売の視点”に焦点を当てています。仕入れは生地を選んで買うだけの仕事ではなく、「どう売るか」まで含めて考える仕事でした。サンプルの第一印象を整える工夫や、季節感を伝える色使い、用途がひと目で分かる情報整理など、小さな改善が生地の価値を大きく左右します。雑誌広告から趣味層向けサンプル、そして2004年に立ち上げたホームページまで、販路を広げる試みを通して見えてきたのは、生地の先にある“洋服”を想像することの大切さ。仕入れと販売が地続きであることを、実体験からやさしく描いた一編です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第37回 では、サンプル作りの先に見えてきた“仕入れの本質”として、商品知識の重要性が語られます。仕入れは単に商品を買う仕事ではなく、素材や織り、加工、用途、原価構造までを理解した上で判断する、知識と経験の積み重ねの仕事でした。言葉の曖昧さによる失敗や、新人時代の戸惑いを通して、「分からないこと」から学ぶ姿勢の大切さが描かれます。点ではなく線で知識を捉え、現場を知り、生地の先にある“洋服になる姿”を想像する。そんな視点が、仕入れ担当としての軸を形づくっていく過程を、やさしい語り口でまとめた一編です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第36回 では、サンプル作りの中でも最も重要な工程である「企画」に焦点を当てています。生地を切って貼る前に、何をどう見せ、どう伝えるかを考え抜くことが、サンプルの価値を大きく左右します。在庫整理から始まり、生地を分類し、サンプルにするかどうかを見極め、時には品番や見せ方を変えて再挑戦する。その一つひとつが、売るための判断であり、生地と向き合う時間でした。東京と大阪の在庫入れ替えや、無駄を出さない段取りなど、地味ながらも知恵と経験が詰まった現場の工夫も紹介しています。黙って働き、生地の魅力を伝え続けるサンプルという存在を通して、仕入れの仕事の奥深さが伝わる一編です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第35回 では、生地通販を支えていたサンプル作りの“現場の裏側”に、さらに踏み込んでいきます。主役となるのは、一枚ずつ台紙に貼られた「バラ見本」。自由度が高く、変化の激しい通販に適した合理的な形でありながら、貼り方やサイズ、接着方法には、生地の魅力を正確に伝えるための細かな工夫が詰まっていました。触って分かる厚みや柔らかさ、落ち感を大切にする姿勢、膨大な生地量と台紙を無駄なく扱う現実、そして内職さんや裁断専任スタッフとの信頼関係。静かで地味な作業の積み重ねが、サンプルを「文句を言わない営業員」へと育てていく――仕入れの仕事の本質が、初めての方にも伝わる一編です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第34回から始まる「仕入れ編・第一章」では、営業として充実感を覚え始めた矢先に訪れた、仕入れ担当への異動と、その最初の仕事となった「サンプル作り」について語ります。仕入れは、会社の土台を支える重要な役割。特に通販を主軸とするこの会社において、サンプルはお客さまが生地を判断する唯一の手がかりであり、販売戦略そのものでもありました。年間1,700種以上、総数600万枚を超える見本生地を前に、一枚一枚に責任を感じながら向き合う日々。営業時代に培ったお客さまの声を生かし、表には出ない“縁の下の力持ち”として生地と向き合い始めた、仕入れ人生の原点を描いた回です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第33回では、約一年半にわたる営業の日々を振り返り、その中で出会った人や出来事、そして得た学びをまとめています。全国各地を訪ね、洋裁家の方々と向き合う中で知ったのは、規模では測れない仕事の重みと、一人で続けることの誇りでした。家に招かれ、お茶を囲みながら交わした会話や、出張先での思いがけないハプニングも含め、営業は単なる「売る仕事」ではなく、人の生き方に触れる時間だったと気づかされます。一枚の布が服となり、誰かの人生に寄り添っていく——その先を想像できるようになったことこそ、営業時代が残してくれた大きな財産。次の仕事へとつながる原点を描いた総集編です。

第32回:私の回顧録
営業時代 〜北海道出張記 出張の思い出〜
「糸偏コラム:私の回顧録」第32回では、稚内から苫小牧まで約500kmを走り、本州へ戻る帰路の一日を描いています。サロベツ平原の雄大な風景に名残を感じながら南下する中、偶然出会ったヒッチハイカーの女性を乗せ、200km以上を共に旅することに。見知らぬ土地で交わされた会話や、旅人ならではの価値観に触れる時間は、営業出張でありながら純粋な「旅」の記憶として心に残ります。夜のフェリーではバイカーたちと語らい、長かった北海道出張は静かに幕を閉じます。仕事と旅、人との出会いが交差した北海道出張の締めくくりを綴った回です。

第31回:私の回顧録
営業時代 〜北海道出張記 営業のハプニング〜
「糸偏コラム:私の回顧録」第31回では、営業時代に経験した“移動そのものが仕事”とも言える北海道出張の記憶を振り返ります。群馬を出発し、フェリーを経て道北エリアを走り回る約2週間、総走行距離は5,000km超。広大な大地ならではの距離感、鹿との遭遇、北海道基準の「近い」、そして思わぬ取り締まり——本州とはまったく異なる環境の中で、数々の想定外に直面しました。宗谷岬や稚内で感じた風景と空気感も含め、ハプニングの連続だった出張は、結果として強く心に残る濃密な時間に。人に会いに行く道のりも含めて営業なのだと実感させてくれた、北海道ならではの体験を描いた回です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第30回では、営業時代に出会った三人の個性豊かなお客様との記憶を振り返ります。若さとエネルギーに満ちた藤岡市の洋裁教室、揺るがない“ピンク一色”の美学を貫く姿。業界で名の知られた先生との、時間をかけて築かれた信頼関係と、教室運営の裏側。そして、営業人生で唯一経験したクレームから始まる、忘れられない異色のお客様とのやり取り。どの出会いにも共通するのは、洋服や生地への強い想いと、人それぞれの背景でした。商品を売る以前に、人と向き合う仕事だった――営業という仕事の本質を、初めての方にも伝わるよう描いた回です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第29回では、営業時代に出会った、今も心に残るお得意様とのご縁を振り返ります。舞台は新潟県上越市。父の故郷とも重なる土地で出会ったその方は、洋装店と洋裁教室を営み、単なる取引先を超えた関係を築かせてくれました。販売の場を共につくり、何度も足を運ぶ中で深まった信頼や、仕事を離れた酒席で垣間見えた人生観。25年経った今も思い出すその存在は、営業という仕事が「人との積み重ね」で成り立っていることを教えてくれました。数字だけでは測れない仕事の価値を、初めての方にも伝える回です。

第28回:私の回顧録
忘れることのできない 〜ある常連さんの物語〜
「糸偏コラム:私の回顧録」第28回では、年2回の売り出しの場で長年お会いしてきた、忘れることのできない“ある常連さん”との記憶を綴ります。30年以上欠かさず通い続けたその方は、生地や洋裁を心から愛し、売り出しという場そのものを支えていた存在でした。早朝から足を運ぶ姿、屋号に込められた人生の背景、流行に流されない生地選びの軸。そこには、洋裁が暮らしであり、生き方そのものだという姿勢がありました。生地屋の仕事は人と向き合う仕事でもある——そう実感させてくれた一人の物語を、初めての方にも伝わるようまとめた回です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第27回では、生地屋にとって年に二度だけ訪れる最大の山場、「売り出し」の現場を振り返ります。百貨店催事が外の舞台だとすれば、売り出しは自分たちの土俵。事務所を丸ごと売り場に変え、社員総出で準備を進める様子や、紅白幕に囲まれた会場に生まれる独特の高揚感を描きます。当日は、生地を選び、切り、語り合う中で、洋服づくりを愛するお客様との距離が一気に縮まります。売ること以上に、人と向き合い、関係を育てる場だった売り出し。その熱気と学びが、今の仕事観につながっていることを、初めての方にも伝わるようまとめた回です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第26回では、私の記憶に強く残る「百貨店での生地催事」を振り返ります。新人時代に立った横浜そごうの催事場は、生地屋としての原点を学んだ特別な現場でした。限られた期間と空間に、人・モノ・想いが集まり、生地が主役となる独特の熱気。1着分生地やカット売りを通じて生まれるお客様との会話は、生地が暮らしや記憶と深く結びついていることを教えてくれました。時代の変化とともに催事の形は減りつつありますが、人と直接向き合い、手触りや空気感を共有する価値は今も変わりません。百貨店催事という「人間味あふれる現場」を、初めての方にも伝わるよう描いた回です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第25回では、見習い期間を終え、初めて一人で現場に立った「営業初陣」の記録を綴ります。助手席を離れ、自分の判断がそのまま結果になる――そんな緊張の中で迎えた最初の営業先は群馬・館林。前夜の準備、初日の苦戦、数字として突きつけられる現実、そして反省と再挑戦。思いがけない偶然の受注や、電話越しにかけられた先輩の言葉に支えられながら、営業はモノを売る仕事であると同時に、感情と向き合う仕事なのだと実感していきます。成功でも失敗でもない、ただ確かに「始まった」最初の一歩。その重みと手応えを、初めての方にも伝わるよう描いた回です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第24回では、営業として現場に出始めた「見習い時代」のキャラバン営業を振り返ります。ワゴン車に生地を積み、先輩の隣で各地を回りながら、洋装店や洋裁教室を訪問した日々。懐かしい音楽が流れる店内や、何気ない会話の中で育まれる信頼関係を通して、営業は話すこと以上に「聞くこと」や「間」が大切だと気づいていきます。生地が人と人をつなぎ、地域の暮らしに溶け込んでいることを実感しながら、「営業とは何か」を考え始めた頃の等身大の記録です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第23回では、営業に出る前の「前準備」に焦点を当て、生地問屋でのリアルな営業の土台づくりを振り返ります。広大な担当地域をどう回るか、アポイントの取り方、ワゴン車に生地を積み込む順番まで、すべては段取り次第。地味で目立たない作業ですが、この準備こそが営業の成否を分けていました。着分の用意や生地紐の工夫には、現場ならではの知恵も詰まっています。しっかり準備することで生まれる心の余裕が、お客様との信頼関係につながっていく――営業とはまず「段取り」から始まる、そんな実感が伝わる回です。

第22回:私の回顧録
社内業務 〜まずは“打ち解ける”こと〜
「糸偏コラム:私の回顧録」第22回では、生地問屋に入社してから営業に出る前に経験した「社内業務」の日々を振り返ります。入社早々の社員旅行で一気に縮まった人との距離、そして反物の裁断や出荷作業を通して学んだ、生地の重さや扱いの難しさ。地の目を読む感覚や、失敗しながら覚えていった生地巾や単位の知識は、机上では得られない貴重な経験でした。生地を切る作業が、やがて「服を想像する時間」へと変わっていく過程も描かれます。この期間は、仕事の基礎だけでなく、会社に打ち解けるための大切な助走だったのです。

第21回:私の回顧録
転職先は“生地の山”!? 〜刺激的な日々〜
「糸偏コラム:私の回顧録」第21回では、私が転職先として選んだ「生地問屋」での日々を振り返ります。神田須田町の老舗で、生地に囲まれながら過ごした毎日は、洋服づくりの“手前”にある素材の奥深さを教えてくれました。婦人服地を中心に、全国の洋裁教室や洋裁店と向き合う仕事は、単なる販売ではなく、一緒に服づくりを考える時間でもありました。既製服が主流になる過渡期の中で、布と真剣に向き合った経験が、私の「素材を見る目」を大きく育ててくれた回です。

第20回:私の回顧録
またまた仕事探し 〜さて、次はどこへ〜
「糸偏コラム:私の回顧録」第20回では、1999年にインナーメーカーを退職した私が、再び仕事探しに向き合った日々を振り返ります。地元での現実的な選択肢、思い切って踏み出した東京での挑戦、小さなメーカーや流行最前線のブランドで感じた戸惑いと刺激。さまざまな面接を重ねる中で、少しずつ自分の進むべき方向が見え始めていきます。そして最後に出会ったのが、生地問屋という「素材」の世界。これまでの経験が一本につながり、新たな章が静かに動き出した、転機となる回です。

第19回:私の回顧録
私の見てきた1990年代 〜業界の過渡期〜
「糸偏コラム:私の回顧録」第19回では、私自身が現場で体感してきた1990年代の洋服業界を振り返ります。バブル崩壊後、表面上はこれまでと変わらない日常が続く一方で、売り場や商談の空気、数字の動きには確かな違和感が広がっていきました。成長を続けるしまむらに象徴される新しい仕組みと、GMSを中心とした従来型流通の苦境。衰退しながらも姿を変え、業態転換を重ねていく業界の現実を通して、「仕組み」と「企業文化」が未来を分けることを実感します。大きな時代の終わりと、次への始まりを描いた回です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第18回では、商品企画に手応えを感じ始めた矢先に訪れた、思いがけない転機を振り返ります。いつもと変わらない朝、商談室で突然告げられたのは、メイン取引先との取引終了という厳しい現実。理解はできても簡単には受け入れられない状況の中で、仕事や将来と向き合い、最終的に退職という選択をします。不安と同時に芽生えた新たな可能性への期待。人生の流れが大きく変わった瞬間を、率直な心情とともに描いた一編です。

「糸偏コラム:私の回顧録」第17回では、インナーメーカー時代に私が初めて「商品企画」に深く関わった経験を振り返ります。営業として売り場に立ち続ける中で感じていた「商品そのものを強くしたい」という思いから始まった挑戦。市場調査や素材探しを通じて見えてきたインナーの価値変化、そして“見せてもいいインナー”という新しい発想。慣れない企画業務への戸惑いやワクワクを交えながら、小さなメーカーならではの商品づくりのリアルを、等身大の目線でお届けします。次回へ続く転機の予感も描かれる一編です。

第16回:私の回顧録
洋服の内側 〜インナーメーカーでの経験〜
「糸偏コラム:私の回顧録」第16回では、私がインナーメーカーで過ごした日々を振り返り、「洋服の内側」にある世界をお話しします。繊維のまち・足利で感じた産地の変化、レディースインナーという見えにくい分野の奥深さ、そして大手ブランドがひしめく売り場での営業としての葛藤。目立たない存在ながら、着心地や気分を大きく左右するインナーの重要性や、小さなメーカーが生き残るために模索した挑戦を、現場目線でやさしく綴っています。洋服づくりの裏側に興味のある方にもおすすめの回です。