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Textile Industry Column糸偏コラム:自由な視点
私の回顧録

2026.01.05:第20回 私の回顧録

またまた仕事探し
〜さて、次はどこへ〜

みなさま、こんにちは。
いつもTexStylistの「糸偏コラム」をお読みいただき、誠にありがとうございます。 おかげさまで、この連載も第20回を迎えることができました。こうして続けてこられたのは、読んでくださるみなさまがいてこそ。本当に感謝しています。

さて今回のテーマは、「仕事探し」。 1999年、インナーメーカーを退職した私が、次にどんな道を選ぼうとしていたのか。洋服や生地との縁が、どのようにして再び私を導いてくれたのか。少し肩の力を抜きながら、当時の心境を振り返ってみたいと思います。

人生には、ときどき「さて、次は何をしようか」と立ち止まる瞬間があります。1999年の私にとって、それは間違いなく大きな分岐点でした。

履歴書

◾️ 退職後の心境|解放感と不安のあいだで

1999年10月。一年半勤めたインナーメーカーを退職しました。 不思議なもので、辞めた直後はホッとした気持ちの方が強かったのを覚えています。「毎日会社に行かなくていい」という解放感。それと同時に、胸の奥では「さて、これからどうしよう」という小さな不安が、じわじわと広がっていました。

すぐに次を決めなければ、という焦り。 いや、少し休んでもいいのでは、という甘え。 この二つが、頭の中で何度もせめぎ合っていました。


◾️ 地元での職探し|現実の壁

まずは、地元・群馬県太田市から通える範囲で仕事を探し始めました。 求人情報を眺めながら、「これなら通える」「これは条件が合わない」と、ひとつひとつチェックしていく日々。

けれど、いざ探してみると、洋服に関われる仕事は思った以上に少ない。 「これでいいのかな」「この仕事を選んで、自分は納得できるのかな」 求人票を見つめながら、そんな問いが頭を離れませんでした。


◾️ 思い切って、東京へ

そこで、思い切って 「やっぱり、東京に出てみよう」

東京は、ファッションの街。人も情報も集まり、チャンスも多い。 少し不安はありましたが、「なんとかなるだろう」という根拠のない楽観さも、まだ残っていました。

こうして私は、再び電車に揺られながら、東京での職探しをスタートさせたのです。

東京

◾️ 千駄ヶ谷のマンションメーカー

最初に訪れたのは、千駄ヶ谷にあるカットソーの小さなメーカーでした。 オフィスは、なんとマンションの一室。インターホンを押す手にも、自然と力が入ります。

中に入ると、そこでは少人数ながらも本気のモノづくりが行われていました。 生地に触れ、パターンを引き、サンプルを確認する。決して派手ではありませんが、真剣な空気が流れていたのを覚えています。

「小さいけれど、妥協しない」 そんな姿勢に、ものづくりの原点を見た気がしました。


◾️ ギャル系ブランド

次に足を運んだのは、当時ブーム真っ只中だったギャル系レディースブランド。 エゴイストをはじめ、いわゆる“渋谷系”が街を席巻していた時代です。

正直、「自分のキャラとは少し違うかも」と思いながらも、仕入れ担当という仕事に興味があり、面接に挑みました。

そこで言われた一言が、今でも忘れられません。 「うちは若い女性ばかりで、みんなミニスカートですけど、大丈夫ですか?」

思わず心の中でツッコミを入れつつも、「ええ、問題ありません」と笑顔で答えた自分。 あの瞬間、自分もなかなか度胸がついたな、と後になって思いました(笑)。


◾️ GAPの面接で感じた“世界”

三社目は、世界的ブランド「GAP」。 原宿の旗艦店がオープンしたばかりで、日本でも注目度の高い存在でした。

面接会場に足を踏み入れた瞬間、空気が違うと感じました。 1次面接がグループ面接でした。私自身中途での職探しの 経験しかありませんでしたのではじめての経験でした。

面接では、商品に対する考え方やブランドの哲学について、丁寧に説明がありました。 「自分は、まだ知らない世界がたくさんある」 そう実感した時間でした。

結果は不採用でしたが、不思議と後悔はありませんでした。 それだけ、得るものの多い経験だったのです。


◾️ 問屋という仕事

続いて面接を受けたのは、アパレル問屋。 営業職として、さまざまな商品を扱う仕事でした。

正直に言うと、扱う商材の詳細はあまり記憶に残っていません。 ただ一つ、強く印象に残っているのは、「商売は人との信頼がすべて」という、そこの社長の言葉でした。

この考え方は、今も心に残っています。


◾️ 生地問屋との出会い|運命の扉

そして、最後に訪れたのが、千代田区・神田にある生地問屋でした。

洋服を売る仕事、つくる仕事は経験してきましたが、「素材」を専門に扱う仕事は初めて。 面接を受けながら、「もしかしたら、ここかもしれない」と、直感的に感じたのを覚えています。

ありがたいことに内定をいただき、2000年2月1日、私はこの生地問屋の一員となりました。


◾️ 糸偏人生、第三章の始まり

素材の世界は、想像以上に奥深いものでした。 繊維の種類、糸の性質、生地の表情。その一つひとつに、理由と歴史があります。

これまでの経験が、少しずつ一本の線でつながっていく感覚。 「洋服って、やっぱり面白い」 そう、あらためて感じる日々の始まりでした。

この生地問屋での経験が、今の私、そしてこの「糸偏コラム」へとつながっていきます。 1999年の仕事探しは、まさに私にとって“糸偏人生 第三章”のスタートでした。

スタート

◾️ 次回予告|生地問屋の日々

次回からは、この生地問屋での仕事を通して学んだこと、感じたことを、じっくりとお話ししていきます。

生地の奥には、人がいて、技術があって、物語がある。 そんな世界を、これから一緒にのぞいていきましょう。

どうぞ、次回もお楽しみに。



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