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私の回顧録

2026.01.15:第30回 私の回顧録

営業時代
〜印象的なお得意様 2〜

――人の数だけ、そこに物語がある

こんにちは
前回のコラムでは、営業時代に出会った上越市のお得意様についてお話ししました。今回はその続きとして、私の営業人生の中でも特に記憶に残っている、少しタイプの異なる三人のお得意様について振り返ってみたいと思います。

営業という仕事は、数字や効率だけで語られがちですが、実際には「人との関係」で成り立っています。生地を通じて出会い、言葉を交わし、時間を共有する。その積み重ねの中にこそ、仕事の本質がある――そんなことを改めて感じさせてくれた方々です。

今回も、事実をそのままに、当時の空気感や私自身の気持ちを添えながら、少し丁寧にお話ししていきます。

人との関係

◾️ 若さが際立っていた藤岡市の洋裁教室

まず最初にご紹介するのは、群馬県藤岡市で洋裁教室をされていたお客さまです。

この方が特別だった理由のひとつは、とにかく「若かった」こと。当時の私は40歳前後。営業で回るお取引先のほとんどは、私の母親世代、あるいはそれ以上の年齢の方々でした。80歳を超える先生も珍しくありません。

そんな中で、この藤岡市のお客さまは30代。100件以上回っても、年下のお客さまに出会うのは2〜3人ほど。その中でも特に印象に残る存在でした。


◾️ 教室に満ちていた、同世代のエネルギー

教室を訪れるたびに感じたのは、空気の軽やかさでした。生徒さんも同年代が多く、どこか活気があり、会話のテンポも明るい。従来の「洋裁教室」のイメージとは少し違い、創作の場としてとても開かれた雰囲気がありました。

その方自身も、とにかく生き生きとしていて、話をしていると自然とこちらまで元気をもらえるような方でした。営業として訪問しているはずなのに、いつの間にか雑談が弾み、気づけば時間が過ぎている。そんなことが何度もありました。


◾️ 姉妹で洋裁、そして文化服装学院

会話の中でよく話題に上ったのが、妹さんの存在です。妹さんも洋裁をされていて、姉妹そろって文化服装学院の卒業生とのことでした。

「うちは、姉妹で洋裁バカなんです」

そんな言葉を、少し照れたように、でも誇らしげに話されていたのが印象に残っています。

面白いのは、その好みの違いでした。お姉さんであるこの方は、とにかくピンクが大好き。生地の注文も、気づけばほとんどがピンク系です。


◾️ ピンク一色という、揺るがない美学

営業をしていると、お客さまのタイプは大きく二つに分かれると感じていました。 ひとつは、毎回まったく違うテイストに挑戦される方。もうひとつは、自分の「好き」をとことん突き詰める方。

この方は、まさに後者でした。 「これもピンク」「あれもピンク」。 迷いがない。その潔さが、とても印象的でした。

一方で、妹さんは「かなり個性的」なのだそうです。残念ながら妹さんにお会いする機会はありませんでしたが、正反対のセンスを持つ姉妹が並んで洋裁をしている姿を、勝手に想像して楽しんでいました。

ピンク好きのお客様

◾️ 有名な先生との、距離の縮まり方

次にご紹介するのは、大きな洋裁教室を運営されていた、業界ではよく知られた先生です。

私が担当になった頃には、すでにお取引はほとんどなくなっていました。内勤の方から話を聞くと、以前はかなりの量を購入してくださっていたとのこと。

「これは、一度ちゃんとご挨拶しなければ」 そう思い、アポイントを取って訪問しました。


◾️ 最初は、やはり簡単ではなかった

最初の訪問では、正直なところ成果はありませんでした。 こちらの話を丁寧に聞いてはくださるものの、注文には至らない。そんな、よくある営業のスタートでした。

それでも諦めず、間を空けて再訪問した2回目。そこで、状況は少し変わります。

「じゃあ、今回はこれだけお願いしようか」

その一言とともに、まとまったご注文をいただきました。その瞬間の安堵感は、今でもよく覚えています。


◾️ 信頼は、一度で築けるものではない

そこから少しずつ、定期的なお付き合いが始まりました。 ある日、その先生から思いがけず、教室運営についての相談を受けました。

アシスタントを何人も抱え、大所帯で教室を回していく大変さ。人を育て、まとめ、続けていくことの難しさ。

具体的な言葉はもう曖昧ですが、「人を束ねる立場」の重さが、ひしひしと伝わってきたのを覚えています。


◾️ 教室という“組織”の裏側

華やかに見える洋裁教室も、その裏側には日々の細かな判断と苦労があります。 売り出しの際には、生徒さん向けにまとめて生地を購入してくださることもありましたが、その一つひとつが、先生の責任の上に成り立っているのだと感じました。

営業として訪問しながら、同時に「経営の現場」を垣間見せていただいた、貴重な経験だったと思います。


◾️ 忘れられない“異色”のお客さま

この方は、営業期間中に出会った中で、ある意味「最も印象的」なお客さまでした。

初めて伺ったあと、ほどなくして会社に一本の電話が入ります。内容は、クレームでした。

クレーム

◾️ 営業人生で、最初で最後のクレーム

営業中にクレームを受けたのは、この方が最初で最後です。 内容を確認すると、どうやら誤解によるものでした。

出張時に注文代金をお預かりし、伝票にもきちんと明記していたのですが、「多く支払わされた」と感じられたようでした。

その後、商品が届き、内容を確認されたことで誤解は解けましたが、この一件で私の中には強烈な印象が残りました。


◾️ 王室の養女という、驚きの自己紹介

さらに驚いたのは、その後のお話です。

「私は、どこどこの国の王室の養女で、デザイナーをしている」

そう聞いたとき、正直どう受け止めればいいのか戸惑いました。

営業を外れた後も、手書きのお手紙やFAXが会社によく届きました。そこには、その王室の説明やご自身のデザイン活動について、かなり詳しく書かれていました。


◾️ 年金が入ったら、また来てください

手紙の最後には、決まってこう書かれていました。

「生地が必要なので、営業に誰か来てください」

連絡を取ると、「年金が入るのが何日以降だから、そのあとに来てほしい」と、具体的な日付を指定されるのです。

直接お会いすると、決して悪い方ではありません。ただ、その言動や文章は、初めて見る人なら誰もが驚いてしまう内容でした。


◾️ 営業で出会う、人の多様さ

今振り返ると、この方とのやり取りも、営業という仕事ならではの経験だったと思います。

生地を必要とする理由も、背景も、人それぞれ。こちらの「常識」だけでは測れない世界が、確かにそこにはありました。


◾️ 生地を通して、人と出会うということ

こうして振り返ると、営業時代に出会ったお客さまたちは、本当に多種多様でした。

共通しているのは、皆さん「洋服が好き」「生地が好き」だということ。その想いの強さや表現の仕方が違うだけなのだと思います。

私にとって営業とは、商品を売る仕事である以前に、「人と向き合う仕事」でした。

これらの経験は、すべて今の私の土台になっています。 生地や洋服のことを語るとき、単なる知識だけでなく、人の顔や声も一緒に浮かんでくるのは、そんな営業時代があったからこそです。


◾️ 次回予告

次回は、営業時代に起きた少し笑えるハプニングや、今だから話せる出来事についてお話ししたいと思います。

引き続き、お付き合いいただければ幸いです。


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