2026.01.10:第25回 私の回顧録
営業初陣
〜最初の一歩〜
みなさん、こんにちは。
「糸偏コラム」にお越しいただき、ありがとうございます。
先輩の車の助手席に座り、ただ黙って生地の動きを見ていた日々が終わりました。
次は、自分ひとりでハンドルを握り、商品を積み、判断し、結果を出す番です。
「じゃあ、そろそろ一人で行ってみるか」
その言葉は、思っていたよりもあっさりと告げられました。
けれど私の中では、その瞬間から空気が変わったのをはっきりと覚えています。
同行営業という“守られた場所”から放り出される感覚。
逃げ場のない現場に、ようやく名前のない責任が生まれた気がしました。
営業としての初陣。
それは、誰かに見守られながら踏み出す一歩ではなく、
自分の判断が、そのまま結果になる一歩でした。
◾️ 初営業先は、群馬・館林
入社から約1か月。
私の初営業先は、群馬県館林市にある洋装店でした。
自宅のある太田市から館林までは、車でおよそ40分。
道も土地勘もあり、ナビに頼らなくても辿り着ける距離です。
それなのに、運転席に座った私は、やけにハンドルが重く感じていました。
「初営業」
その四文字が、頭の中で何度も反響していました。
信号待ちの時間が、いつもより長く感じられたのも、この日が初めてだったと思います。
◾️ 前夜の倉庫、静かな緊張
前日の夜、私は会社の倉庫にいました。
翌日の営業に備え、ワゴン車へ生地を積み込むためです。
どの生地を持っていくか。
どんな順番で見せるか。
もし「いらない」と言われたら、次に何を出すか。
頭の中で、何度も何度もシミュレーションを繰り返しました。
ただ正直に言えば、答えはどれも曖昧でした。
生地の知識は、まだ十分とは言えません。
前職で営業経験はありましたが、「生地」という商材は別物です。
触感、落ち感、光沢、用途——言葉にできることより、
言葉にしきれない要素のほうが、はるかに多い世界でした。
倉庫の静けさの中で、生地の山を見つめながら、
「本当に、これでいいのか?」
そんな問いが、何度も浮かんでは消えていきました。
◾️ 営業初日、言葉が少し重い
最初に訪れた洋装店。
ドアを開ける前の、ほんの数秒。
深呼吸をしたことだけは、はっきり覚えています。
挨拶は、たぶん噛んでいなかったと思います。
名刺も、ちゃんと両手で出せたはずです。
けれど、どんな話をしたのか、正直、あまり記憶がありません。
生地を広げ、説明をし、相手の反応を見る。
その一つひとつが、頭の中で少しずつズレていく感覚。
会話をしているのに、どこか一歩引いた場所から
自分を見ているような、不思議な時間でした。
◾️ 数字だけが、はっきりしていた
その日、私は4〜5件ほどのお客様を回りました。
夕方になり、車の中で売上を整理してみると、
合計で2万〜3万円ほど。
日販の平均目標は8万円。
理想として掲げられていたのは10万円。
数字は、嘘をつきません。
初陣としては、厳しい結果でした。
「こんなものかもしれない」
そう自分に言い聞かせながらも、
胸の奥に、小さな悔しさが残っていました。
◾️ 反省の渦
その夜、布団に入っても、なかなか眠れませんでした。
ちょっと余計だったかもしれません。
あの生地を先に出すべきだったのではないか。
もっと相手の話を聞くべきだったのではないか。
考え出すと、きりがありません。
営業初日の夜は、ほとんどの人が
同じような反省をするのかもしれません。
それでも、「もう一度やり直したい」と思えるだけ、
まだ前向きだったのだと思います。
◾️ 二日目、同じ街を回る
翌日も、私は当初の予定通り館林市を回ることにしました。
初日で結果が出なかった街だからこそ、
もう一度、ちゃんと向き合ってみたかったのです。
二日目になると、少しだけ視界が広がりました。
お客様の表情を見る余裕が、ほんのわずかですが生まれていたのです。
◾️ 思いがけない「ラッキー」
その日、訪れたリフォーム店で、
思いがけない出来事が起こりました。
「裁ちハサミ」を、まとまった数で購入いただけたのです。
生地ではありません。
けれど、その一件で、売上は一気に10数万円に跳ね上がりました。
正直に言えば、実力というより偶然。
でも、その「偶然」が、どれほど心を軽くしてくれたか。
数字が結果として残る。
それだけで、「続けていい」と言われた気がしました。
◾️ 営業は、感情の仕事だと知る
前職でも営業をしていた私は、
「数万円の売上」を、少し軽く見ていた部分がありました。
けれど、生地の営業は違いました。
一つひとつの注文に、時間と感情が詰まっている。
だからこそ、決まった瞬間の表情は、今でも忘れられません。
「じゃあ、これにするわ」
その一言が、
その日一日の疲れを、すべて吹き飛ばしてくれることもありました。
◾️ 電話の向こうの、番頭さん
売上が伸びず、気持ちが沈んだある日。
私は会社に電話をしました。
電話に出てくれたのは、この道40年の番頭さんでした。
売上が悪いと「そんな日もあるよ。気にするな。
運転だけは気をつけろよ」
短い言葉でした。
でも、その一言が、胸にすっと染み込みました。
営業は、ひとりで戦う仕事に見えます。
けれど、決して一人ではない。
そのことを、実感した瞬間でした。
◾️ 二週間の結果
約2週間の営業の結果は、日販平均8.4万円。
理想には届きませんでした。
けれど、新人としては、まずまずの数字だったと思います。
それ以上に大きかったのは、
「続けられる」という手応えでした。
◾️ 最初の一歩が、すべてだった
今振り返ると、最初の営業は、
成功でも失敗でもありませんでした。
ただ、自分自身の責任で数字と向き合う日が、
「始まった」だけだったのだと思います。
迷いながら、悩みながら、
それでも前に進んだ、最初の一歩。
この一歩がなければ、
その後も、その先も、きっとなかったはずです。
◾️ 次回へ
初営業を終え、
私はようやく「営業」という現場の入り口に立ちました。
次に待っていたのは、
個人店とはまったく違う空気を持つ場所——
百貨店での催事です。
次回、第26回では
「百貨店催事編」
あの独特の緊張感と、忘れられない光景をお話しします。
どうぞ、引き続きお付き合いください。