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Textile Industry Column糸偏コラム:自由な視点
私の回顧録

2026.01.30:第45回 私の回顧録

仕入れ編
〜機屋(はたや)〜

みなさん、こんにちは。
前回のコラムでは、出版社との関わりを通して、仕入れという仕事が「売る」だけでなく、「伝える」「つなぐ」仕事でもあるのだと気づいていった過程を書きました。

今回は、その流れの中で、私自身の仕事観をさらに大きく揺さぶることになった体験―― はじめて“機屋”を訪ねたときの話をしたいと思います。

今振り返ると、このとき尾州で見た風景や空気感は、 今のTexStylistにつながる、まさに原体験だったと感じています。

機屋

◾️ 仕入れなのに、現場に行かない仕事

仕入れの仕事をしていると、意外に思われるかもしれませんが、 必ずしも「現場」に足を運ぶ機会が多いわけではありません。

当時の私は、展示会やメーカー担当者が持ってくるサンプル帳、 スワッチ、見本反を見ながら、条件を詰め、数量を決める。

それが、仕入れの仕事だと思っていました。

どこで、誰が、どんな環境で織っているのか。 正直なところ、そこまで深く考える余裕も、 必要性も、感じていなかったのが本音です。

そんな中、あるセール企画用の現物商材を探す必要が出てきました。 「見本反を直接見に行ってみないか」 そう声をかけてもらったことが、すべての始まりでした。

行き先は、尾州。 毛織物の産地として名高い場所です。


◾️ 世界に名を馳せる毛織物産地・尾州

尾州とは、愛知県一宮市を中心に、 津島市や岐阜県羽島市などを含む、日本有数の毛織物産地を指します。

現在では、イタリア・ビエラ、イギリス・ハダースフィールドと並び、 世界三大毛織物産地のひとつとされ、 国内はもちろん、海外の有名メゾンからも高い評価を受けてきた地域です。

ただ、当時の私にとっての尾州は、 「名前は知っているけれど、実感はない場所」でした。

一宮市に足を運ぶのは、このときがはじめてでした。 その先の岐阜へは、小売のバイヤー時代、 GFFなどの展示会やイベントで何度も出向いていたにもかかわらず、 その手前に広がる産地を、きちんと意識したことはなかったのです。

毛織り物の産地であることは知っていても、 それが世界三大毛織物産地のひとつだという事実までは、 当時の私にはまだ結びついていませんでした。

そういえば、以前勤めていた小売の親会社である アパレルメーカーの本社も一宮にありました。 今思えば、仕事の節目節目で、 一宮という街の名前は何度も目にしていたはずなのです。

そして現在、こうして尾州と向き合うようになり、 ご縁があってお手伝いしている機屋さんも、 同じ一宮にあります。

点でしかなかった地名や記憶が、 少しずつ線となり、面となってつながっていく。 尾州は、いつの間にか 「遠い産地」から「関わりのある場所」へと変わっていきました。

それが、実際にどんな街で、 どんな人たちが、どんな音の中で働いているのか。


◾️ 見本反を探しに、機屋へ

今回の目的は「見本反(みほんたん)」の仕入れでした。

見本反とは、展示会用や試作のために織られた反物で、 量産用ではない分、少量でコストも高くなりがちです。

そのため、企画が終わった後などに、 セール用の商材として市場に出ることがあります。

条件が合えば、非常に魅力的な商品になります。

そんな見本反を探すため、 私は人生で初めて、機屋の扉をくぐることになりました。


◾️ はじめて足を踏み入れた、織りの現場

訪れたのは、家内工業で営まれている小さな機屋でした。

建物の中に入った瞬間、 まず耳に飛び込んできたのは、 ガシャン、ガシャンという、シャトル織機の音。

想像以上に大きく、 一定のリズムで続くその音に、 自然と背筋が伸びたのを覚えています。

中には4台のシャトル織機が並び、 一人の職人さんが、それらを向かい合わせで管理していました。

糸の張りを確認し、 機械の様子を見ながら、 必要なところだけ、無駄のない動きで手を入れていく。

その姿は、とても静かで、 同時に、圧倒的な集中力を感じさせるものでした。

家内工業の機屋

◾️ 鋸屋根と、北からの光

もうひとつ、強く印象に残っているのが、建物の構造です。

屋根は、いわゆる「鋸屋根(のこぎりやね)」。 南北方向に建てられ、 北側に大きな窓が設けられていました。

そこから入る光は、直射日光ではなく、 柔らかく、安定した自然光です。

生地の色味や表情を正確に見るために、 あえて北の光を取り入れる。

そんな工夫が、 ごく当たり前のように、そこにありました。

この場所では、 効率やスピードだけでなく、 「きちんと見ること」が、 何よりも大切にされている。

そう感じた瞬間でした。

ノコギリ屋根

◾️ 生地は、数字だけでは語れない

それまでの私は、 混率、目付、単価、ロット。

生地を、どうしても数字で見てしまっていました。

もちろん、それは仕入れとして必要な視点です。

けれど、 目の前で糸が動き、 音を立てて織られていく様子を見たとき、

「この生地は、こうやって生まれているんだ」 という事実が、 初めて、実感として腑に落ちたのです。

その瞬間から、 生地を見る目が、少し変わりました。


◾️ 染色整理工場で見た、仕上げの力

機屋を訪れたあと、 尾州で有名な染色整理工場にも案内していただきました。

創業は明治22年。 100年以上の歴史を持つ老舗です。

ヘルメットをかぶり、 工場の中を案内してもらう様子は、 まるで社会科見学のようでした。

染色整理とは、 織り上がった生地を染め、洗い、整え、 最終的な風合いをつくる工程です。

同じ織物でも、 整理の仕方ひとつで、 まったく別の表情になる。

その奥深さと、 一工程一工程に向き合う職人さんたちの姿に、 ただただ圧倒されました。

この工場は、2010年に廃業してしまいましたが、 あのとき見た光景は、 今でもはっきりと記憶に残っています。

整理工場

◾️ 音があるから、喫茶店で話す

もうひとつ、尾州らしい思い出があります。

取引先を訪れる日は、 駅まで車で迎えに来ていただき、 必ず喫茶店でモーニングを食べるところから始まりました。

当時は、それが当たり前の流れだと思っていました。

後になって聞いたのが、 「機屋は音が大きいから、商談は喫茶店ですることが多いんだよ」 という言葉でした。

なるほど、と腑に落ちました。

織機の音が鳴り響く現場では、 じっくり話すことはできない。

だからこそ、 街の喫茶店が、 人と人をつなぐ場所になっていたのです。


◾️ 原体験として、今につながる尾州

あのとき尾州で見た風景は、 単なる出張の思い出ではありません。

生地は、 誰かの手で、 誰かの時間の中で、 積み重ねられて生まれている。

その当たり前の事実を、 身体で理解した、はじめての体験でした。

20年以上経った今でも、 私は尾州のメーカーと関わり続けています。

当時とは立場も仕事の内容も変わりましたが、 あのとき感じた敬意や緊張感は、 今も変わっていません。

TexStylistで伝えたいことの根っこには、 間違いなく、 あの尾州での原体験があります。


◾️ 次回に向けて

次回は、 プリント染工場を訪れたときの話をお届けします。

色が生まれる現場で、 私が何を感じ、何を学んだのか。

また少し違った視点から、 仕入れの仕事を振り返ってみたいと思います。

最後までお読みいただき、 ありがとうございました。



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