2026.01.07:第22回 私の回顧録
社内業務
〜まずは“打ち解ける”こと〜
みなさん、こんにちは。
「糸偏コラム」をお読みいただき、ありがとうございます。
前回は、私が生地問屋へ転職し、「生地の山」に囲まれた刺激的な日々が始まったところまでをお話ししました。今回はその続きとして、営業として外に出る前に経験した“社内業務”について振り返ってみたいと思います。
実はこの社内業務の期間こそが、私にとって「生地と本当の意味で向き合う時間」だったのかもしれません。そして同時に、「会社という場所に打ち解ける」ための、とても大切な助走期間でもありました。
◾️ 入社早々、まさかの社員旅行
私の入社日は2000年2月1日。年明けの慌ただしさがようやく落ち着き始めた頃でした。
ところが、出社して間もなく言われたのが、
「来週末、社員旅行あるからね」
という一言。
……え? 社員旅行? 今?
まだ名刺も出来てない、仕事内容も把握しきれていない新人にとって、これはなかなかの衝撃でした。
ただ、この会社では毎年2月の連休を利用して、東京本社と大阪支店合同の社員旅行を行うのが恒例行事だったのです。
行き先は日光方面。
東照宮、華厳の滝、日光湯元温泉、そしてスキー。
今振り返ると、なかなか盛りだくさんな内容です。
温泉旅館で浴衣姿になり、普段はスーツ姿しか見たことのない先輩たちの素顔を垣間見る。
スキー場では、普段は怖そうに見えた上司が転んで雪だらけになり、思わず笑ってしまう。
「会社の人たちって、こんな表情するんだな」
この旅行で一気に距離が縮まったのは、間違いありません。
特に大阪支店の方々とは、この後電話やFAXでやり取りする機会が多くなるのですが、この旅行があったおかげで、声だけでも顔が浮かぶようになりました。
“仕事を円滑に進めるための下地作り”。
今思えば、この社員旅行は非常に合理的な社内イベントだったのだと思います。
◾️ 社内業務スタート 〜ハサミと反物の日々〜
社員旅行から戻り、ようやく本格的な業務が始まります。
私が最初に任されたのは、営業ではなく社内業務。いわゆる「出荷・裁断」の仕事でした。
生地問屋の仕事は、ただ生地を売るだけではありません。
お客様から注文を受けた反物を、指定された長さに正確にカットし、出荷する。
この“切る”という作業が、想像以上に奥深い。
反物は大きく、重く、存在感があります。
生地屋に入って初めて、「生地ってこんなに重いんだ」と実感しました。
しかも、素材によって重さも扱いづらさもまったく違う。
最初は、とにかくハサミが重かった。
業務用の裁ちばさみは、家庭用とは比べものにならない重量感です。
何度も開いて閉じているうちに、腕がパンパンになる。
「生地を切るって、体力仕事なんだな」
そんな当たり前のことを、身をもって知りました。
◾️ 地の目との格闘
生地を切るうえで、最も重要なのが“地の目”です。
地の目とは、経糸と緯糸の方向。ここを間違えると、仕上がりに歪みが出たり、縫製時にトラブルが起きたりします。
先輩から教わったのが、緯糸を一本引き抜く方法。
「一本引いてみな。線が出るから」
言われた通りにやってみると、確かに生地の表面にうっすらとラインが浮かび上がる。
「おお……」
まるで生地が自分から答えを教えてくれているような感覚でした。
ただし、すべての生地が素直なわけではありません。
柔らかい素材、ニット、特殊加工の生地などは、糸を引いた瞬間にヨレたり、ほつれたりすることもあります。
そういう時は、目視、感覚、経験。
生地と“会話”するように、慎重に向き合う必要がありました。
◾️ ダブル巾の落とし穴
もうひとつ、印象に残っているのがダブル巾の生地です。
ダブル巾の反物は、半分に折られた状態で板に巻かれていることが多く、そのまま一気に切ると、内側と外側で長さがズレてしまうことがあります。
新人の私は、当然その罠に一度は引っかかりました。
「だから言ったでしょ。ダブルは分けて切るんだよ」
先輩の一言が、今でも耳に残っています。
こうした“失敗できる環境”で教わったことは、強烈に記憶に残ります。
◾️ 生地巾と単位の世界
社内業務を通じて、自然と身についていったのが、生地巾や目付といった単位の知識です。
シングル巾、ダブル巾。
36(サブロク)、44(ヨンヨン)。
オンス、匁、ポンド、ヤード……。
最初は正直、頭の中が混乱しました。
しかしこれらはすべて、生地や洋服がそれぞれの国で歩んできた歴史の積み重ねによって生まれたものです。
さまざまな単位が存在するのには、必ず「なぜそうなったのか」という背景があります。
そう考えるようになってから、不思議と少しずつ覚えられるようになっていきました。
◾️ 生地から服が見え始める
生地と向き合う日々の中で、少しずつ変化が訪れました。
生地を見た瞬間に、
「これはブラウス向きだな」
「これはコートだな」
と、完成形が自然と頭に浮かぶようになってきたのです。
ただ生地を切るだけの作業が、いつの間にか
“洋服を想像する時間”へと変わっていました。
これは後の営業活動において、非常に大きな武器になります。
◾️ 打ち解けるということ
こうした日々を重ねる中で、私は少しずつ会社に馴染んでいきました。
・ 社員旅行で縮まった距離。
・ 現場での失敗と、その後のフォロー。
・ 何気ない雑談。
「仕事ができるようになる前に、人として受け入れられること」
それが、この期間で得た一番の学びだったのかもしれません。
◾️ 次回予告
次回はいよいよ、営業として外に出るお話です。
生地を持って、お客様の元へ。
緊張と期待が入り混じった、営業初日。
どんな出会いが待っていたのか。
どうぞ、次回もお付き合いください。