2026.01.18:第33回 私の回顧録
営業時代
〜総集編〜
出張の終わりは、静かに始まる
みなさん、こんにちは。
前回のコラムでは、北海道出張の帰路での出来事をお話ししました。
長い距離を走り、フェリーに揺られながら本州へ戻る中で、
私は自然と、これまでの営業時代を振り返っていました。
一つひとつの出張、
一人ひとりのお客様との出会い。
それらは当時、目の前の仕事として必死に向き合っていた出来事です。
しかし時間が経った今だからこそ、
その意味や価値が、少しずつ見えてきました。
今回のコラムでは、
そんな営業時代を「総集編」として振り返り、
そこで得た学びや想いを、
改めて言葉にしてみたいと思います。
営業期間は、わずか一年半ほどでした。
それでも日本各地を巡り、多くの方と出会い、
私の人生や仕事観に大きな影響を与えてくれた、
かけがえのない時間だったと感じています。
◾️ 営業当初|正直なところ、甘かった
営業職に就いた当初の私は、
今振り返ると、正直どこか甘さを抱えていました。
生地の営業と聞いて思い浮かべていたのは、
個人経営の洋裁店や、自宅で洋裁をされている方々の姿です。
大量生産や大規模な取引とは違う世界に、
「自分にもできるだろう」と、
どこかで軽く考えていた部分があったのだと思います。
しかし、その考えは、
最初の数件の訪問であっさりと打ち砕かれました。
お会いした洋裁家の皆さんは、年齢も性別もさまざまでした。
けれど共通していたのは、
「職人」としての誇りと覚悟です。
一枚の布と向き合い、ミシンに向かい、形にしていく——。
その積み重ねを何十年も続けてきた方々の言葉には、
確かな重みがありました。
◾️ 洋裁家という生き方|規模では測れない世界
個人で仕事をされているからといって、その仕事が小さいわけではありません。
むしろ、一人で完結するからこそ、すべての責任を自分で背負い、技術と感覚を磨き続ける必要があります。
訪問先で見せていただいたアトリエや作業場には、使い込まれたミシン、裁ちばさみ、糸立て、型紙が整然と並んでいました。
そこには「仕事場」という言葉以上の、人生そのものが詰まっているように感じられました。
「このミシンはね、もう何十年も一緒なの」
そんな言葉を聞くたびに、私は洋裁という仕事の奥深さと、簡単には真似できない世界を実感していったのです。
◾️ 心がほどける時間|家に招かれる営業
特に印象に残っているのは、ご自宅で洋裁をされている方々との時間です。
玄関を開けると、「まあまあ、寒かったでしょう」と声をかけてくださり、まるで親戚の子どもが訪ねてきたかのように迎え入れてくれる。
営業という立場でありながら、キッチンでお茶を淹れていただき、お菓子を出していただき、時には昔話に花が咲くこともありました。
生地の説明をしながらも、話題は自然と人生の話へと移っていきます。
仕事の話だけで終わらない、こうした時間が、私にとっては何よりも心に残るものでした。
◾️ 一人で続けるということ|孤独と誇りのあいだで
洋裁家の多くは、一人で仕事をされています。
誰かと競うわけでもなく、誰かに評価される場が常にあるわけでもない。
それでも、自分の技術と感覚を信じ、黙々と作り続ける。
その姿は、静かですが、とても強いものでした。
「これしかできないからね」
そう笑って話す方もいらっしゃいましたが、その言葉の奥には、長年積み重ねてきた自信と覚悟がありました。
私は営業として生地を届ける立場でしたが、同時に、その生き方から多くのことを学ばせていただいていたのだと思います。
◾️ ハプニングもまた、営業の一部
営業活動にハプニングはつきものです。
渋滞、天候不良、道に迷うこともありました。特に地方への出張では、予定通りにいかないことの方が多かったかもしれません。
けれど、そうした出来事があったからこそ、忘れられない出会いも生まれました。
寒い北海道の町で、訪問先の方がストーブの前に招いてくださり、温かいスープを出してくださったこと。
「今日はもう仕事の話はいいから、ゆっくりしなさい」と声をかけていただいたこと。
営業という枠を超えた、人と人としてのつながりを感じる瞬間でした。
◾️ 一枚の布の、その先を想像する
営業を重ねるうちに、私は自然と
「一枚の布の、その先」を考えるようになりました。
倉庫に並ぶ反物としてではなく、
その布が服になり、
誰かに着られ、
日々の暮らしの中で使われていく姿を思い描くようになったのです。
洋裁家の方々と話を重ねる中で、
そのイメージは、より具体的なものになっていきました。
一枚の布が、人生の大切な場面に寄り添う服へと形を変えていく——。
そのプロセスの一端に関われていることは、
何ものにも代えがたい喜びでした。
◾️ 時を経て残ったもの|営業時代の財産
あれから25年。
営業として走り回っていた日々は、決して長くはありませんでしたが、今も私の中で色あせることはありません。
ふとした瞬間に、あの頃の道、あの方の声、あの部屋の匂いを思い出すことがあります。
それほどまでに、濃密な時間だったのだと思います。
営業時代に出会ったすべての方へ。
この場を借りて、心から感謝をお伝えしたいと思います。
◾️ おわりに|次のステージへ
次回のコラムでは、営業職を離れ、内勤として仕入れ業務に携わることになった頃のお話をお届けする予定です。
現場で得た経験が、どのように次の仕事につながっていったのか——また違った視点で、生地と洋服との関わりを綴っていきます。
引き続き、糸偏コラムをどうぞよろしくお願いいたします。