2026.01.14:第29回 私の回顧録
営業時代
〜印象的なお得意様〜
みなさん、こんにちは。
「糸偏コラム」にお越しいただき、ありがとうございます。
前回のコラムでは、長年売り出しに通い続けてくださった
常連のお客様との忘れがたい物語をお伝えしました。
今回はその流れを受けて、
私が営業として各地を回っていた頃に出会った、
強く心に残っているお得意様についてお話ししたいと思います。
営業という仕事は、数字や結果が常に求められる世界です。
けれど、そこには必ず「人」がいて、ひとつひとつの出会いがあります。
今回ご紹介する新潟県上越市のお得意様とのご縁は、
まさにそのことを私に教えてくれた存在でした。
◾️ 父の故郷と重なる土地、上越市
このお客様との出会いを語るうえで、どうしても触れておきたいのが、私自身のルーツです。私の父は、現在の上越市、かつての中頸城郡の出身でした。そして今回のお得意様の拠点は、当時「高田市」と呼ばれていた地域にありました。
父の実家がまさにその周辺にあったこともあり、幼い頃から何度も足を運んだ土地です。田んぼが広がる風景、冬の厳しい雪、そしてどこかゆったりと流れる時間。上越という場所には、言葉にしづらい懐かしさがありました。
私の苗字も、この地域では比較的多いものらしく、子どもの頃、父の実家で墓参りをした際に、同じ苗字のお墓がずらりと並んでいた光景を今でも覚えています。親戚以外で同じ苗字の人に会うことがほとんどなかった私にとって、その光景は妙に印象的でした。
そんな背景もあってか、初めて上越市のお客様を訪れた時、私は「初めて来た場所なのに、初めてではない」ような不思議な感覚を覚えたのです。
◾️ 洋装店と洋裁教室、二つの顔を持つお客様
このお客様は、洋装店と洋裁教室を同時に営んでいらっしゃいました。いわゆる“お店”というよりも、どちらかと言えばアトリエに近い佇まいでした。
建物の2階が主な活動の場で、生徒さんたちが集まり、ミシンの音が響き、布の話が飛び交う空間。1階部分は貸店舗として使われており、一時期は洋服屋さんが入っていましたが、後にそのスペースが空くことになります。
その空いた1階を、「よかったら使ってみませんか」と私たちに開放してくださったのです。商品を並べ、生徒さんやご友人を招いての小さな販売会。営業としては、これ以上ないありがたい機会でした。
売る・売られるという関係ではなく、「一緒に場をつくる」という感覚。その時点で、すでにこのお客様との距離感は、一般的な取引先とは少し違っていたように思います。
◾️ 通うほどに深まった関係
営業として活動していた1年半の間に、このお客様のもとを訪れた回数は7〜8回にのぼります。通常のお取引先であれば、年に3〜4回程度が一般的でしたから、いかに頻繁に足を運んでいたかが分かると思います。
もちろん、売上が見込める大切なお得意様であったことは事実です。しかし、それだけではありませんでした。何度訪れても、どこか「帰ってきた」ような安心感があったのです。
玄関を開けた瞬間の空気、かけていただく一言、差し出されるお茶。その一つひとつが自然で、構えなくていい。営業でありながら、肩の力を抜いて話ができる、そんな貴重な存在でした。
◾️ お酒の席で見えた素顔
出張の際、近くに宿泊することがあると、「よかったら一杯どうですか」と声をかけていただくこともありました。特に印象に残っているのは、娘さんも交えてご一緒した時間です。
仕事の延長線上ではありますが、その場には堅苦しさはなく、洋服の話から始まり、家族の話、地元の昔話へと話題は広がっていきました。お酒が入ることで、普段は見えない素顔や、人生観のようなものも垣間見ることができました。
そのお客様は文化服装学院のご出身で、卒業生の会「すみれ会」にも所属されていました。会合のタイミングが合うと、売り出しの場にも顔を出してくださり、久しぶりの再会に自然と笑顔がこぼれたのを覚えています。
◾️ 日本酒がつないだ、もう一つの思い出
少し胸が痛む出来事ですが、忘れられない思い出があります。
ご自宅の近くで火事があり、その影響で贈答用の日本酒が
思いがけず手元にたくさん集まったそうです。
「飲みきれないから」と、
その方は笑いながら、いくつかを私にも分けてくださいました。
しかも、驚くほど良心的な価格で。
ありがたくいただいた一升瓶を、
次の青森出張の際、営業車に積み込んで各地を回ったのも、
今となっては懐かしい思い出です。
営業車の後部座席で揺れる日本酒を見るたびに、
上越のお客様の顔がふと浮かび、
不思議と気持ちが和らいだことを、今でもよく覚えています。
◾️ 四半世紀続くご縁
最初にお会いしてから、気づけば来月で25年。
四半世紀という長い時間が流れました。
営業という立場を離れ、仕事の環境が変わった今でも、
このお客様との思い出が色あせることはありません。
近くを訪れる機会があれば、
「今、どうされていますか」と、
ふと顔を見に行きたくなる。
そんな存在がいること自体が、
営業時代に得た大きな財産だと感じています。
◾️ 営業という仕事が教えてくれたもの
数字だけを追っていたら、きっと出会えなかった関係があります。足を運び、話を聞き、同じ時間を過ごす中で、少しずつ築かれていく信頼。その積み重ねが、結果として仕事につながっていく――このお客様は、まさにその象徴でした。
◾️ 次回予告
次回も、営業時代に出会った、忘れられないお客様についてお話しする予定です。引き続き、お付き合いいただければ幸いです。