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Textile Industry Column糸偏コラム:自由な視点
私の回顧録

2026.01.25:第40回 私の回顧録

仕入れ編
〜ホームページ 運営と裏側〜

みなさん、こんにちは。
前回の糸偏コラムでは、2004年に立ち上げたホームページ開設の舞台裏についてお話ししました。構想から完成まで、思っていた以上に時間と労力がかかり、振り返れば自分でも少し驚くほどの挑戦だったと感じています。

ただ、本当の意味でのスタートは「立ち上げた後」でした。ホームページは作って終わりではありません。むしろ、そこからが本番。今回は、その後13年間にわたって続いたホームページ運営の日々について、仕入れ担当として、そして洋服に関わる一人の人間として感じてきたことをお話ししたいと思います。

ホームページ運営

◾️ スタートラインを越えてからが本当の勝負

ホームページが公開された日は、正直ほっとした気持ちが大きかったのを覚えています。「ようやく形になった」という達成感です。しかし、その気持ちは長くは続きませんでした。

公開した瞬間から、「この先、どう続けていくのか」という現実が目の前に現れたからです。更新しなければ、すぐに動きのないサイトになってしまう。情報が止まったホームページほど、見ていて不安になるものはありません。

そこで決めたのが、無理のないペースで、でも止めない運営でした。月に1回、必ず何かを更新する。その約束を、自分自身と会社に課しました。


◾️ 二つの柱となったコンテンツ

運営の中心となったのが、ネット洋裁教室「服作り工房」と、もう一つの柱「パパソー親ばか日記」でした。

「服作り工房」は、洋裁に興味はあるけれど、なかなか一歩が踏み出せない方に向けて、できるだけ分かりやすく、敷居を低くした内容を心がけました。専門的になりすぎず、でも手を抜かず。「これなら自分にもできそう」と思ってもらえることを大切にしていました。

一方の「パパソー親ばか日記」。この少し変わった名前は、応援スタッフが考えてくれたものです。「パパ」と「ソーイング」を掛け合わせたその響きが、妙にしっくりきました。

仕事としての洋裁ではなく、生活の中にある服作り。娘のために服を作り、その過程や失敗談も含めて正直に書く。この距離感が、多くの方に受け入れていただけた理由だったのかもしれません。


◾️ 毎週水曜日の“制作日”

更新の裏側には、必ず人の手と時間がありました。

毎週水曜日は、次回更新分の制作日。夕方6時頃から、社内の一角に集まり、撮影や縫製、原稿づくりが始まります。元アルバイトの外部スタッフ、服飾専門学校を卒業した社員、そして私。

それぞれ立場も年齢も違いますが、「いいものを作ろう」という気持ちは同じでした。3時間ほど集中して作業をし、終わればそのまま飲み屋へ。今思えば、この時間こそが、チームとしての一体感を育てていたのだと思います。


◾️ 数字では測れない積み重ね

こうした積み重ねの結果、「服作り工房」は42回、「パパソー親ばか日記」は40回の更新を数えました。一つひとつは小さな記事ですが、それぞれに背景があり、思い出があります。

更新回数そのものが目的だったわけではありません。ただ、「続いている」という事実が、ホームページ全体の信頼感につながっていったように感じています。


◾️ 忘れられない「目指せロックミシン」

「パパソー親ばか日記」の中でも、特に印象に残っているのが「目指せロックミシン」というエピソードです。

きっかけは、雑誌『こどもブティック』の企画「リフォーム&リメイク大賞」への応募でした。正直なところ、半分は記念参加のような気持ちでした。

ところが、結果はまさかの大賞受賞。賞品としてロックミシンをいただくことになりました。連絡を受けたとき、嬉しさと同時に「広告を出している会社だから、忖度があったのでは?」と一瞬疑ってしまった自分がいました。

しかし、編集部の方から「作品そのものが評価された結果です」と説明を受け、素直に喜ぶことができました。この出来事は、自分の中で一つの自信になりました。

パパソー

◾️ 服作り工房で生まれたご縁

「服作り工房」では、忘れられない出会いもありました。結婚を控えたアルバイトスタッフから、ウェディングドレスを作ってほしいと頼まれたのです。

彼女はベトナムからの留学生で、当時は大学院生。言葉も文化も違いますが、「自分のドレスを、自分たちの手で作りたい」という想いはまっすぐでした。

時間も手間もかかりましたが、完成したドレスを見たときの彼女の表情は、今でも鮮明に覚えています。服作りが、人と人をつなぐ力を持っていることを、改めて実感した出来事でした。

服作り工房

◾️ ホームページが教えてくれたこと

13年間の運営を振り返ると、ホームページは単なる販売ツールではありませんでした。

お客様との距離を縮め、スタッフとの関係を深め、自分自身が洋服とどう向き合っているのかを確認する場所でもあったように思います。

アクセス数や売上といった数字ももちろん大切です。しかし、それ以上に、「読んでいます」「楽しみにしています」という一言が、次の更新への原動力になっていました。


◾️ 終わりを決めるという選択

2011年をもって、「服作り工房」と「パパソー親ばか日記」の更新は終了しました。関連会社の仕事が増え、制作時間を確保することが難しくなったことが理由です。

ただし、ホームページそのものは2017年まで続けました。服地部がなくなるその日まで、できることはやり切ろうと決めていました。


◾️ 振り返って思うこと

続けてきたからこそ、見えたものがあります。派手さはなくても、静かに積み上がっていく信頼やつながり。これは、一朝一夕では得られないものでした。

仕入れ担当として「売ること」を考え続けてきましたが、その延長線上に、結果として人との関係や物語が生まれていった。ホームページ運営は、そんな不思議な経験でした。


◾️ 次へ向かうために

この先、ホームページを通じた販売や、運営から受けた影響についても、少しずつお話ししていくことになると思います。ただ、それはまた別の機会に。

今回は、ホームページを“運営する”という日常の裏側を中心にお伝えしました。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。



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