2026.03.03:第77回 私の回顧録
グループ企業
〜リアルな仕入れの現場〜
ー在庫と向き合った、あの半年間の記憶ー
前回お話しした通り、2011年8月から2012年3月までの最初の半年間、私の仕事はひたすら「在庫を把握すること」でした。
段ボールの山。反物の山。
数字と品番と、現実。
公称の数字ではなく、実際に「そこにある在庫」。
それを一つひとつ確認する作業は、地味ですが、仕入れの原点でした。
そして同時に、「面識のない取引先との交渉」も始まっていました。
信頼関係がない状態からどう関係を築くか。
条件よりも前に、人間関係をどう作るか。
その土台があったからこそ、次に進めたのです。
◾️ 仕入れの本質を考えるところから始めた
今回お伝えするのは、実際の「リアルな仕入れの現場」です。
ただ、私はいきなり動きませんでした。
まず考えたのです。
「オーダースーツ専門店の仕入れとは何か?」
私はもともと、生地問屋(羅紗屋)の仕入れを10年近く経験していました。
だからこそ、単純に同じやり方を持ち込むのは違うと感じたのです。
何が違うのか。
何が同じなのか。
その理由は何か。
そこを整理しなければ、戦略は立てられません。
◾️ 立ち位置の違いを冷静に見る
生地問屋(羅紗屋)
・ 素材の流通のプロ
・ 生地を動かすことが目的
・ 顧客はテーラー・工場・ブランド
・ 収益源は生地の卸売
オーダースーツチェーン
・ 製品販売のプロ
・ スーツを売ることが目的
・ 顧客は一般消費者
・ 収益源は仕立て上がり商品の販売
ここが出発点です。
同じ「仕入れ」という言葉でも、立ち位置がまったく違う。
◾️ 在庫という“共通言語”
まず気づいたのは、両者とも完全な在庫ビジネスだということです。
仕入れは未来予測です。
半年先の需要を読む。
天候を読む。
景気を読む。
そして、読み違えた瞬間、在庫は資産から負債に変わる。
ここはまったく同じでした。
◾️ トレンドを読む力は共通の武器
英国調が来るのか。
クラシック回帰なのか。
軽量・ストレッチなのか。
羅紗屋もチェーンも、トレンドを読む力がなければ生き残れません。
ただし、読み方が違う。
羅紗屋は市場の声を拾う。
チェーンは自分たちで波を作る。
この違いは大きいのです。
◾️ 産地との距離感の違い
尾州の機屋。
イタリアのメーカー。
羅紗屋は「情報のハブ」です。
小さなテーラーの代わりに、産地と交渉する。
一方、チェーンはロット単位で直接交渉する。
交渉力は数量に比例する。
つまり、距離感が違う。
◾️ 仕入れ単位が思考を変える
羅紗屋は反物単位。
少量多品種。
チェーンは大量集中。
絞り込んで展開。
この違いは、在庫戦略をまったく変えます。
羅紗屋は「選択肢の豊かさ」が価値。
チェーンは「売れる確率の高さ」が価値。
◾️ 受信型と発信型という決定的な差
羅紗屋は受信型。
市場の細かなニーズを拾う。
チェーンは発信型。
「今季はこれを着てほしい」と提示する。
ここを理解しないと、仕入れは迷走します。
◾️ 価格構造の裏側
流通段階が多い羅紗屋。
中間が少ないチェーン。
チェーンは価格を設計できる。
羅紗屋は価格を調整する。
似ているようで、経営の考え方がまるで違うのです。
◾️ リスクの取り方の哲学
羅紗屋のリスクは“品揃え”。
チェーンのリスクは“数量”。
どちらも怖い。
しかし怖さの種類が違う。
その違いが、仕入れ判断のスピードを変えるのです。
◾️ なぜこの違いが生まれるのか
在庫を測っている間も、店舗では売れています。
ビジネスモデルの違い。
BtoBとBtoC。
組織規模の違い。
専門商社型と小売型。
経営指標の違い。
反の回転か、客単価か。
仕入れとは、経営の鏡なのです。
◾️ 羅紗屋という存在の役割
私は改めて、羅紗屋の価値を再認識しました。
産地とテーラーをつなぐ。
少量多品種を支える。
市場の多様性を守る。
これは文化的役割です。
◾️ チェーンが果たした功績
一方で、チェーンがなければ、オーダー文化は広がらなかった。
価格の透明化。
若年層への普及。
入り口の創出。
これは市場拡大の役割です。
◾️ 現場で感じた空気の違い
商談の空気が違います。
羅紗屋は生地中心。
触感、打ち込み、目付。
チェーンは商品中心。
価格、売り方、販促。
同じテーブルでも、議論の軸が違うのです。
◾️ 担当者のプロフェッショナリズム
羅紗屋の担当者は“生地の職人”。
チェーンの担当者は“販売設計者”。
どちらが上ではありません。
役割が違うだけです。
◾️ 本質的な違い
羅紗屋は生地を文化として扱う。
チェーンはスーツを商品として扱う。
この意識差は非常に大きい。
◾️ そして、私はまた考えた
ここまで整理して、私は欲張りなことを考えました。
「オーダースーツ店にとっての、生地仕入れの極意は何だろうか?」
羅紗屋としての経験を活かしながら、
小売としての思考を融合させる。
それができれば、新しい仕入れの形が見えるのではないか。
◾️ 仕入れは、数字ではなく“思想”で決まる
在庫を数えた半年間。
違いを整理した思考の時間。
すべては、この問いのためだったのかもしれません。
仕入れとは、単なる買い付けではない。
未来を決める行為です。
◾️ 次回予告
今回は、仕入れの構造と違いを整理しました。
次回は、いよいよ
「オーダースーツ店にとっての生地仕入れの極意」
について、具体的にお伝えします。
数字か。
感性か。
回転か。
物語か。
その本質に、さらに踏み込みます。
今回同様、仕入れの本質に迫った“リアルな現場”をお届けします。
どうぞ、お楽しみに。