2026.03.02:第76回 私の回顧録
グループ企業
〜振り返って〜
〜2011年8月、あの半年間〜
みなさん、こんにちは。
前回の総集編では、2011年から2020年に私が退社するまでの、中国との取引、そしてそこで出会った多くの方々との出来事を振り返りました。
中国仕入れという大きな軸の中で、どのような判断をし、どんな人と向き合い、どのような経験を重ねてきたのかを綴った内容でした。
そして今回は、その流れの中に確かに存在していたもう一つの重要な仕事――
2011年8月から2012年3月までの、グループ企業の仕入れを本格的に担当し始めた頃の話を、改めて掘り下げてお話しします。
第67回・第68回でも少し触れましたが、今回はその“最初の段階”に焦点を当てます。
あの半年間は、私の仕事人生の中でも特に密度が濃く、そして体力的にも精神的にも限界に近い時間でした。
◾️ すでに始まっていた、もう一つの責任
2011年8月後半。私は正式に、新たに加わったオーダースーツチェーン店の仕入れを担当することになりました。
とはいえ、これは突然始まった「新章」ではありません。中国仕入れの仕事と並行しながら、すでに静かに動き始めていた、もう一つの大きな責任でした。
グループ企業が増え、運営体制が変わり、資産や事業が再編されていく中で、その中核の一つであるオーダースーツチェーンの仕入れを任されることになったのです。
ある程度の覚悟はしていたつもりでした。
しかし実際に向き合ってみると、その規模は想像をはるかに超えていました。
振り返れば、あのときに腹をくくった経験こそが、その後の9年間を支える土台になっていったのだと思います。
◾️ 引き継ぎは、わずか数日間
こうした背景の中で、私は仕入れを引き継ぐことになりました。
しかし、肝心の仕入れ担当者は元の会社に残っています。
そのため、実務的な引き継ぎに割ける時間は、極めて限られていました。
群馬の倉庫で一日。
神田の倉庫兼オペレーション事務所で数日。
それが、すべてでした。
本来であれば、時間をかけて理解していくべき在庫の中身や運用の流れ、取引先との関係性。
それらを、わずかな時間の中で掴まなければならない状況でした。
引き継いだのは「仕組み」ではなく、「現物」と「結果」。
だからこそ、自分で見て、自分で考え、全体像を組み立てていくしかありませんでした。
◾️ 群馬の倉庫で見た、在庫の現実
群馬の倉庫に初めて足を踏み入れたときの光景は、今でもはっきりと記憶に残っています。
目に飛び込んできたのは、とにかく圧倒的な量の生地。
反物、着分、箱、棚――あらゆる形で積み上げられた在庫の山でした。
一見すると整然としているのに、その奥には言いようのない圧迫感がありました。
「公称10億円」と言われていた在庫。
ただしそれは、神田の事務所、各店舗、青森や北京の工場、そして各倉庫を含めた“総在庫”の数字です。
では、この群馬の倉庫には、実際どれほどの在庫があるのか――。
目の前に積み上がる反物を見つめながら、私はそんなことを考えていました。
数字としては確かに存在している。
けれど、現実の量としてはまったく掴めない。
そのギャップこそが、あのときの率直な実感でした。
◾️ システムはある、だが見えない在庫
売上管理システムは導入されていました。
しかしオリジナル仕様で、リアルタイムで在庫確認ができるものではありません。
在庫を把握するには、システム会社へ依頼し、データを抽出してもらうしかない。
しかも、その精度がどこまで正確なのか分からない。
数字はある。
しかし、確信が持てない。
仕入れ担当として、それは最も不安な状態でした。
◾️ 在庫は全国に点在していた
在庫は一箇所ではありません。
・神田の事務所
・群馬の倉庫
・各店舗
・青森工場
・北京工場
・名古屋倉庫
点在していました。
つまり、「全体像を一目で把握できる人がいない」状態だったのです。
◾️ 着分という単位の重み
店舗には「着分」と呼ばれる生地が並んでいました。
着分とは、スーツ一着分の生地(約3.0m前後)。
多い店舗では1,000着以上の着分を抱えていました。
バーコードが付いているため、理論上は管理可能。
しかし、その理論が現実と一致しているかは別問題です。
私はまず、着分の数量確認から着手しました。
◾️ 最大の壁、反物の実測
本当の問題は反物でした。
通常50〜70m巻き。
しかし、ハサミが入っているものが多数。
ハサミが入るとは、すでに一部がカットされている状態。
残りの正確な長さが分からない。
正確に測るには、一度すべて解くしかありません。
解いて測り、再び巻き直す。
単純ですが、膨大な労力を要する作業です。
◾️ 巻き直し業者との協力
そこで私は、巻き直し専門業者へ依頼しました。
元々取引のあった生地屋さんを通じて協力をお願いしました。
業者に群馬倉庫へ来てもらい、
週に一度、約100反ずつ計測。
生地を広げ、正確に測り、紙メジャーを入れ、再梱包。
この作業を2か月以上続けました。
トータルで2,000反以上。
◾️ 一緒に積み、一緒に下ろす
私は毎週群馬へ通いました。
業者任せにはできません。
一緒に生地を積み込み、降ろし、次週の準備をする。
仕入れ担当でありながら、完全に現場作業員でもありました。
汗をかきながら、生地と向き合う日々。
数字ではなく「物」として在庫を見る時間でした。
◾️ 売れれば減る、減れば仕入れる
在庫を測っている間も、店舗では売れています。
売れれば減る。
減れば仕入れなければならない。
通常、生地の発注は投入の半年前。
2012年春夏物はすでに発注済みでした。
その投入管理も、私の仕事です。
◾️ 面識のない取引先との交渉
取引先の中には、面識のない企業もありました。
前の会社が契約した商品。
正直、仕入れたくない生地もありました。
しかし、一方的に断るわけにはいきません。
今後も取引は続きます。
私は時間をかけ、話し合い、譲歩し、関係を築き直しました。
自分が発注していない商品ほど、神経を使う。
それが現実でした。
◾️ 決算前の重圧
3月は決算。
棚卸しがあります。
在庫を把握しなければ、正確な決算はできません。
2,000反の計測を終え、データを整理し、
数字を突き合わせる。
中国出張も2回。
既存の生地会社の仕入れ業務も継続。
時間の感覚が曖昧になるほど、忙しい半年でした。
◾️ 店舗の声を集める
仕入れ担当として、現場を知らずに判断はできません。
私は元々知り合いだった店長を訪ね、
売れ筋や現場の声を聞きました。
在庫は数字ですが、
売れるかどうかは「人の感覚」も大きい。
現場の温度を知ることが、何より重要でした。
◾️ あの頃に戻りたいかと聞かれたら
よく、甲子園常連校の元選手に
「もう一度やり直せるなら同じ高校に入りますか?」
と聞くと、
「いくら積まれても入りたくない」
と答える方がいるそうです。
私にとって、この半年はまさにそれ。
誇りはあります。
しかし、もう一度やるかと聞かれれば――正直、即答はできません。
◾️ 棚卸しの数字が示したもの
2012年3月の棚卸し。
集計した生地は30万m以上。
金額にして7億円以上。
数字として確定した瞬間、
ようやく「見えなかった在庫」が輪郭を持ちました。
あの半年は、
会社の資産を“数字”ではなく“実態”として捉え直す時間だったのだと思います。
◾️ 次回:リアルな仕入れの現場
次回は、小分類として
**「リアルな仕入れの現場」**をお届けします。
数字の整理ではなく、
実際にどう発注し、どう判断し、どう責任を負うのか。
仕入れの現場で何が起きているのか。
机上ではない、本当のバイヤーの世界をお話しします。
どうぞ次回もお付き合いください。