2026.02.25:第71回 私の回顧録
グループ企業
〜中国仕入れで知り合った方々3〜
みなさん、こんにちは。
前回は、中国仕入れで出会った営業担当の方々についてお話ししました。それぞれの立場で、真摯に、誠実に、そしてプロとして仕事に向き合う姿勢。文化や国境を越えて築かれた信頼関係が、いかに大きな財産であるかを振り返りました。
その中でも、少しだけ触れたYさん。
「5年間で育まれた信頼と友情」と書きましたが、正直に言って、あの短い文章では到底足りません。
今回は、そのYさんとの時間を、改めてじっくりと振り返ります。
合弁企業であった北京の縫製工場で、最も長く担当として関わった存在。
仕事仲間であり、時に同志のようでもあり、そしてどこか家族のような安心感を与えてくれた人。
彼女との時間は、私の中国取引での歴史そのものと言っても過言ではありません。
◾️ 出会いは2013年頃
〜お嬢様のような柔らかさと、揺るがぬ芯〜
初めて会ったのは、2013年後半、もしくは2014年前半だったと思います。
前任のSさんの後任として紹介されたのがYさんでした。
当時20代後半だったと思います。
第一印象は、これまで私が抱いていた「中国の営業担当」というイメージとは少し違いました。
どちらかというと、お嬢様タイプ。
言葉遣いは丁寧で、物腰も柔らかい。
声のトーンも穏やかで、強く主張するというよりは、相手の話をしっかり聞いてから静かに答える、そんな印象でした。
「優しそうな人だな」
それが率直な感想です。
しかし、話を重ねるうちに、その印象は少しずつ変わっていきました。
確かに表情は柔らかい。
態度も穏やか。
けれど、発言の中身には迷いがありませんでした。
曖昧に流すことがない。
分からないことは分からないと認める。
できることとできないことを、きちんと線引きする。
そして一度決めたことは、簡単には曲げない。
外見や雰囲気は優雅で控えめ。
しかし内側には、しっかりとした芯が通っている。
「この人は、ただ優しいだけではない」
そう感じたのを覚えています。
海外とのビジネスでは、強く押し切るタイプもいます。
声が大きい人が有利に見える場面もある。
けれどYさんは違いました。
無理に主張するわけではない。
しかし、自分の立場と責任を理解し、その範囲で最善を尽くそうとする姿勢が伝わってくる。
静かだけれど、ぶれない。
若さゆえの勢いというよりも、育ちの良さを感じさせる落ち着きと、仕事人としての覚悟が同居していました。
この時点では、まさか5年もの長い時間を共にすることになるとは思っていませんでした。
けれど振り返れば、あのとき感じた「柔らかさの奥にある強さ」こそが、後の信頼関係の土台だったのだと思います。
◾️ 神戸でのテーラーのイベント
〜本当のスタートライン〜
最初の強い思い出は、2014年8月、神戸でのテーラーイベントです。
グループ企業、そして当時の合弁企業であった北京縫製工場から、社長(総経理)、工場長、そしてYさんの3名が来日しました。
参加人数の都合で、私とYさんは別のホテルに宿泊することに。
確か2泊3日だったと記憶しています。
イベント初日が終わり、解散後に2人でホテルへ向かいました。
「夕食、どうしましょうか」という自然な流れで、途中の居酒屋へ入ることになりました。
今振り返ると、あの夜が本当の意味での“スタートライン”だったのかもしれません。
◾️ 柔らかな第一印象
〜お嬢様タイプの奥にある思考力〜
第一印象は、先にも書いた通り“お嬢様タイプ”でした。
物腰は柔らかく、どちらかといえば控えめ。強く前に出るタイプではなく、穏やかで優しい雰囲気をまとっていました。
ところが、話をしていくうちに、その印象は少しずつ変わっていきます。
受け答えは丁寧でありながら、内容は実にしっかりしている。
その場の空気に流されることなく、自分なりの考えを持っているのです。
「若いのに、よくここまで考えているな」
正直、そんな感想を持ちました。
単に日本語が上手ということではありません。
縫製工場の立場、日本市場との関係、自社の強みと課題――。
それらを感覚ではなく、整理して理解している。
柔らかな雰囲気の奥に、一本筋の通った思考力がある。
優しさと芯の強さが同居している、そんな印象でした。
◾️ 中トロと常温のお酒
〜自然体に表れた覚悟〜
そして、あの神戸の夜。
「好きなものを頼んでください」と伝えると、彼女が選んだのは中トロでした。
これには少し驚きました。
中トロを自然に選ぶということは、日本食をよく理解しているということでもあります。
ただ「寿司が好き」というレベルではない。
価値のある部位を分かっている。
遠慮して無難なものを選ぶでもなく、見栄を張る感じでもない。
ごく自然に、迷いなく中トロを注文する。その姿が実に堂々としていました。
さらに印象に残っているのが飲み物です。
中国の方は一般的に常温のお酒を好むことが多い。
それは知識として知っていましたが、その日は8月の蒸し暑い夜。私は迷わず冷たい飲み物を選びました。
ところが彼女は、当たり前のように常温のお酒を選ぶ。
思わず心の中で「この暑さで?」と驚きましたが、そこにも無理がない。
日本に合わせて変えるのではなく、自分のスタイルを自然に貫く。
その落ち着きぶりに、改めて感心しました。
会話の細かい内容までは覚えていません。
しかし、ひとつだけ強く残っている感覚があります。
「この人は、ただ優しいだけの人ではない」
20代後半でありながら、物事を一段高い視点から見ている。
目先の受注や数字だけでなく、工場の将来像、日本との長期的な関係、自身のキャリアの方向性まで考えている。
勢い任せではなく、考えて動く。
お嬢様のような柔らかさと、現実を見据える冷静さ。
そして内側から湧いてくるバイタリティ。
そのバランスが、非常に印象的でした。
翌日も自然な流れで二人で食事をしました。
特別な約束をしたわけではありません。
けれど、あの神戸の夜を境に、
私たちの関係は「担当者と取引先」という枠を、少しだけ越え「同じ釜の飯を食った仲間」のような存在になりました。
◾️ 3か月に一度のリズム
〜時間が育てた信頼〜
その後、私は年に2回ほど中国へ渡航。
Yさんも年に数回日本へ。
結果として、少なくとも3か月に一度は会う関係が続きました。
頻繁に会うということは、良い面も悪い面も見えるということです。
けれど、彼女との関係はむしろ深まっていきました。
メールでは見えない表情。
電話では伝わらない空気。
対面だからこそ分かる“本音”。
「また会いましたね」という一言が自然に出る関係。
気づけば、どこか同僚のような感覚になっていました。
◾️ 銀座ショッピングと展示会
〜時代の象徴〜
Yさんとは、その前日も夕食を共にしていました。
何気ない会話の中で、翌日に取引先の生地商社の展示会があることを話しました。
すると彼女がすぐに反応しました。
「私も展示会に行きたいです」
その一言で、翌日ご一緒することになりました。
こうしたフットワークの軽さも、彼女らしいところです。
当日、展示会会場で再会したYさんの姿を見て、思わず笑ってしまいました。
その前に銀座でショッピングを楽しんでいたようで、手にはブランドショップの紙袋がいくつも。
当時は、中国からの訪日客によるいわゆる“爆買い”が話題になっていた時代。
中国の購買意欲は非常に勢いがあり、日本の街は活気にあふれていました。
当社のコンバーター担当者も、その紙袋の量に目を丸くしていました。
私も思わず、「今日はショッピングツアーの同行でしたか?」と冗談を言ったほどです。
しかし、展示会が始まると空気が変わりました。
生地を手に取り、組織や風合いを確かめる。
価格のレンジを確認し、ロットや納期について具体的に質問する。
日本市場での展開可能性をその場で考え、頭の中で組み立てている様子が伝わってきました。
つい先ほどまでショッピングを楽しんでいたとは思えない集中力。
遊びも本気。
仕事も本気。
その切り替えの早さと、吸収しようとする姿勢には感心しました。
Yさん個人のエネルギーであると同時に、
それは当時の中国全体の勢いを象徴しているようにも感じました。
消費も成長も、すべてが前向きだったあの時代。
銀座の紙袋と、真剣なまなざしで生地を見つめる姿。
その対比が、今でも強く印象に残っています。
◾️ 北京空港の一幕
〜守るための強さ〜
北京から内モンゴルへ向かう出張。
夏休みシーズンで空港は大混雑。
チェックインカウンターは進まず、搭乗時間が迫る。
そのとき、Yさんが強い口調でスタッフに抗議を始めました。
普段の穏やかな姿からは想像できないほどの迫力。
正直、内心はハラハラでした。
結果、なんとかギリギリで搭乗。
機内で「さっきの勢い、すごかったですね」と冗談を言うと、
彼女は笑いながら「知り合いがいるから大丈夫」と。
守るべきもののためには前に出る。
その姿勢に、私は改めて信頼を感じました。
◾️ 突然の訪問
〜「今、羽田です」〜
夜20時頃、突然の電話。
「今どこにいるか分かりますか?」
「今、羽田です」
この一言には何度も驚かされました。
新宿に泊まるので食事をしよう。
到着すると、店の名刺や写真が送られてきて「ここにいます」。
突然ですが、不思議と嫌ではない。
むしろ楽しい。
彼女は商談前に情報を集めるタイプでした。
とはいえ、その場で具体的な価格交渉をすることはほとんどありません。
市場の流れ、他社の動向、業界の雰囲気。
情報交換の時間でした。
◾️ 合弁解消後も変わらぬ距離
〜本当の信頼〜
合弁企業という枠があった当初は、仲間意識が強くありました。
その後、合弁を解消しても、関係は変わりませんでした。
立場が変わっても、信頼は変わらない。
◾️ 結婚、そして退社
〜新しい人生〜
2018年、Yさんは結婚のため退社。
寂しさもありましたが、心から祝福しました。
その後はSNSで近況を拝見。
お子さんの誕生。
ご家族との時間。
母親の仕事の手伝い。
人生は、仕事だけではない。
彼女の新しいステージを見守る気持ちでした。
◾️ 学生アテンド
〜次世代への橋渡し〜
2019年8月、突然のメッセージ。
北京の服飾系学生をアテンドしてほしいとの依頼でした。
女性学生4人、女性の先生1人、男性通訳1人。
グループ企業の店舗を案内し、夜は一緒に食事。
若い学生たちの真剣な眼差しを見て、
ものづくりの未来を感じました。
Yさんは、すでに“橋渡し役”になっていました。
◾️ 2025年、有楽町での再会
〜縁は巡る〜
2025年9月、有楽町の東京フォーラムでの展示会。
「〇〇さん」
振り返るとYさん。
驚きました。
少し出資している中国企業のサポートで来日。
日本語対応のため、2泊3日で手伝いに来たとのこと。
人手が足りないとのことで、私も急遽お手伝い。
夜は皆で食事。
その後、2人で改めて一杯。
あの神戸の夜を思い出しました。
縁は、切れないものです。
◾️ Yさんという存在
〜担当者を超えて〜
5年間という時間。
退社後も続く交流。
そして偶然の再会。
彼女は、単なる担当者ではありません。
中国仕入れの歴史の中で、
最も長く、最も濃く関わった存在です。
これからもきっと、
どこかでまた交差するでしょう。
◾️ 次回予告
〜いよいよ“ラスボス”登場〜
次回は、これまで何度も登場してきた、あの方のお話です。
合弁企業の社長(総経理)Kさん。
まさに「これぞ中国の社長」という存在感。
決断力、迫力、スケール感。
私の中国仕入れの物語における、いわば“ラスボス”のような存在です。
どうぞご期待ください。