2026.02.23:第69回 私の回顧録
グループ企業
〜中国仕入れで知り合った方々〜
みなさん、こんにちは。
これまでのコラムでは、私がどのような経緯でグループ企業の仕事に関わることになったのか、そしてその中で中国仕入れというテーマに向き合うことになった流れをお話ししてきました。
以前の回で、私は「最初で最後の中国仕入れ」と書きました。あのときの中国仕入れは、私自身が一担当者として現地に入り、自分の目で確かめ、自分の判断で決断し、責任を持って進めた仕事でした。
その後、グループ企業としての中国との取引は形を変えながら続き、やがて合弁会社を通じて、再び中国仕入れに関わることになります。立場や環境は変わりましたが、中国とのご縁は途切れることなく続いていきました。
そして今回は、そのグループ企業での中国仕入れを通じて出会った「人」についてお話ししたいと思います。仕入れの仕組みや数字の話ではなく、現場で共に時間を重ねた方々とのエピソードです。
そこには、私の仕事観を静かに、しかし確実に変えていった、大切な学びがありました。
◾️ 訪中が教えてくれたこと
私が中国へ仕入れ出張に通っていたのは、2011年10月から2017年1月までの約6年間。年に2〜3回のペースで訪れ、延べ15回ほど中国を訪問しました。
主な滞在地は北京でしたが、上海、紹興、大連、そして内モンゴルの紡績工場にも足を運びました。
訪れるたびに感じたのは、中国の成長スピードの速さです。工場は拡張され、新しい設備が導入され、人の数も増えていく。ほんの数年で景色が変わる。その変化の中で仕入れ判断を行うことは、刺激的であると同時に、大きな責任を伴うものでした。
しかし何よりも印象に残っているのは、「場所」ではなく「人」です。6年間という時間は、人との信頼を築くには十分な時間でした。
◾️ グループ企業ならではの仕入れの難しさ
私が関わったのは、グループ企業としての中国仕入れです。中国側には合弁企業があり、生地商社としての機能を持っていました。
グループ企業の仕入れは単純ではありません。複数の事業部が同じ在庫を共有するため、どの部署でも活用できる汎用性が求められます。
「この生地は素敵だから仕入れる」という感覚だけでは決められません。数量バランス、コスト配分、在庫回転率、将来の展開。全体を見渡したうえでの判断が必要でした。
その複雑さの中で、現地スタッフの存在は大きな支えでした。
◾️ 常に寄り添ってくれた技術担当の方
仕入れの際には、技術担当の方と営業兼通訳の方が同行してくれました。営業の方は時期によって交代しましたが、技術担当の方はずっと同じ方でした。
彼女はとにかく誠実で、妥協をしませんでした。どんなに時間が押していても、どんなに交渉が長引いても、品質確認は最後まで丁寧に行う。
その姿勢は一貫しており、私は次第に彼女の存在を心から信頼するようになりました。
◾️ 糸番手を測るという衝撃と学び
ある日、仕入れ候補のサンプル生地を前にして、私は何気なく糸番手の確認をお願いしました。
彼女は一切ためらうことなく、生地の端を丁寧に解き始めました。解いた糸を一定の長さに揃え、10本まとめてデジタルスケールへ。表示は0.01グラム単位。
その数値から瞬時に糸番手を割り出す姿を見たとき、私は言葉を失いました。
糸番手とは、ウールの場合「1kgで何km紡げるか」を示す単位です。60番手なら1kgで60km。数字が大きくなるほど糸は細く、繊細で、高級になります。スーツ生地では48番手から100番手前後が一般的です。
番手は、単なる数字ではありません。風合い、落ち感、強度、価格帯——すべてに影響します。
そして何より、彼女は“その場で”確認しました。
「後で工場に確認します」ではない。
その場で解き、その場で測り、その場で判断する。
その徹底した姿勢を見て、私は初めて理解しました。仕入れとは、机上の仕事ではない。現場で、目で見て、手で触れて、確認する仕事なのだと。
その瞬間から、私の中で品質に対する意識が一段階引き上げられたように感じました。
◾️ 数字の裏側にある責任
番手を確認するという行為は、単なる作業ではありません。
もし番手が違えば、価格も変わる。原価計算が崩れる。最終製品のポジションも変わる可能性があります。
その場で正確に測るということは、その後のすべての工程を守ることにつながります。
彼女の姿を見ながら、「責任とはこういうことなのだ」と、私は静かに感じていました。
◾️ 「その柄はやめた方がいい」
別の日、ある柄物生地を前にして、私は強く心を惹かれていました。デザイン性が高く、他にはない雰囲気を持っていました。
しかし彼女は、少し間を置いてこう言いました。
「この柄は発注しない方がいいと思います。バブリングが起こる可能性があります。」
その言葉は、決して強い口調ではありませんでした。けれども、確信を持った響きがありました。
◾️ バブリングという“見えない落とし穴”
バブリングとは、素材の縮率差によって生地表面が波打つ現象です。
例えば、ウール地にポリエステルの筋糸を織り込むと、それぞれの収縮率の違いによって歪みが生じます。湿気や洗いによって表面が浮き、波打ってしまう。
見た目では分からないリスク。
私はそのとき、デザインに心を奪われていて、構造的な問題まで想像できていませんでした。
彼女は、構造を見ていました。
私は、その違いに気づかされました。
◾️ 美しさと構造の両立という視点
後に日本の機屋さんに確認したところ、日本ではバブリングが起こりやすい設計は、そもそも避けるのが一般的だと教えていただきました。
品質に対する基準の厳しさは、日本ならではかもしれません。
しかし海外では基準が一様ではありません。だからこそ、現場での判断力が重要です。
その経験を通じて、私は学びました。
「美しい」だけでは不十分。
構造として成立しているか。
長く愛される素材か。
仕入れは、“未来を想像する仕事”でもあるのだと。
◾️ 紹興の市場で交わした対話
紹興の生地市場を訪れたとき、私はジャカードにプリントやレースを重ねた素材に興味を持ちました。
彼女は真剣な目で尋ねました。
「なぜこの生地を選んだのですか?」
私は、自分の感じた面白さを言葉にしました。立体感、奥行き、重なり合う表情。手間はかかるが、それが価値になること。
彼女は、静かにうなずきながらメモを取っていました。
◾️ 学び続ける姿勢に心を打たれて
彼女は毛紡専門でした。ウール以外の素材は未知の分野。
それでも、自分の専門外だからと距離を置くことはありませんでした。むしろ積極的に質問し、吸収しようとしていました。
同年代でありながら、常に学ぶ姿勢を持ち続ける。
その姿勢に、私は深い敬意を抱きました。
信頼は、技術だけでなく、誠実さと向上心から生まれるのだと感じました。
◾️ 仕入れの本質は信頼の積み重ね
6年間の中国仕入れを通じて、私は強く思うようになりました。
仕入れの本質は、価格交渉ではない。
信頼の積み重ねだと。
信頼できる相手であれば、多少のトラブルがあっても乗り越えられます。誠実な関係は、長く続きます。
言葉や文化の違いを越えて、最後に残るのは「人と人との関係」でした。
◾️ 中国仕入れが私に残したもの
あの6年間は、決して平坦な道のりではありませんでした。迷い、悩み、ときには自分の判断に不安を抱えながら、責任の重さと向き合い続けた時間でした。
しかし同時に、それは多くの学びと出会いを与えてくれた、かけがえのない時間でもあります。
糸番手を測る真剣な横顔。
静かにリスクを指摘してくれた一言。
市場で交わした率直な対話。
その一つひとつの場面が、今も私の中に鮮やかに息づいています。
仕入れとは、単にモノを選ぶ仕事ではありません。
人と向き合い、信頼を積み重ね、関係を紡いでいく仕事です。
中国仕入れで出会った方々との時間は、これからのものづくりを支える大切な土台となっています。
これからも、素材への探究心を忘れずに。
そして何より、人とのつながりを大切にしながら、丁寧にものづくりに向き合っていきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
◾️ 次回予告
次回は「中国仕入れで知り合った方々2」と題して、今回ご紹介しきれなかった現地の方々とのエピソードをお届けします。
また違った視点から、中国仕入れの現場で感じたこと、人との関わりの中で学んだことを綴っていきたいと思います。
どうぞ、次回もお楽しみに。