2026.02.22:第68回 私の回顧録
グループ企業
〜新たな仕事、その奥深さ〜
みなさん、こんにちは。
前回は、大きな転機となった「相談」から始まるお話でした。
社員の結婚式という晴れやかな席で、社長からふと持ちかけられたひとつの相談。
それは、全国に20数店舗を展開し、縫製工場まで持つオーダースーツチェーンの身売りに関するものでした。
最初、私は反対しました。
規模の大きさ、財務リスク、在庫の実態——。
簡単に「やりましょう」と言える内容ではなかったからです。
それでも、議論を重ねるうちに見えてきた可能性。
既存事業とのシナジー、仕入れ面での広がり、自社工場を持つ意義。
最終的に私は、その運営に関わる決断をしました。
あの日の「相談」は、私にとって新しい責任の始まりだったのです。
そして今回からは、その新たなフィールドでの“仕入れ”について、もう少し深くお話ししていきたいと思います。
◾️ 仕入れは、会社の呼吸を整える仕事
「仕入れ」と聞くと、単なる調達業務のように思われるかもしれません。
ですが実際は、会社の呼吸を整えるような仕事です。
吸いすぎれば苦しくなる。
吐きすぎれば足りなくなる。
在庫は企業の血液のようなもの。
多すぎれば重くなり、少なすぎれば機能しない。
特にグループ企業の仕入れは、単体企業とは難しさの質が違います。
スケールメリットを活かせる一方で、その分リスクも増幅します。
価格を下げるために大量に仕入れる。
しかし売れなければ、その在庫は重くのしかかる。
この微妙なバランス感覚こそ、グループ企業仕入れの本質だと、私は実感していきました。
◾️ すべては「在庫の把握」から始まる
〜仕入れの原点は足元にある〜
2011年8月、本格的に業務に関わり始めたとき、私が最初に取り組んだのは「在庫の把握」でした。
派手な企画でも、新しい仕入れルートの開拓でもありません。
まずは足元を知ること。
売れれば在庫は減ります。
補充しなければ欠品します。
仕入れすぎれば滞留します。
これは当たり前の話です。
しかし、その“当たり前”が見えていない状態ほど怖いものはありません。
〜システムの数字と現場の現実〜
システム上では在庫数量が確認できました。
ですが、その数字に確信が持てない。
反物が実際に何メートル残っているのか。
その生地は本当に販売可能な状態なのか。
画面の中の数字と、倉庫に眠る現物。
そこにズレがある。
仕入れは未来に向けた判断です。
その判断材料が曖昧では、正しい決断はできません。
私はまず、「数字を現実に合わせる」作業から始めました。
◾️ 10万メートルの重み
〜元パチンコ店の倉庫〜
倉庫は群馬県。
かつてパチンコ店だった建物を改装した場所です。
広いフロアに並ぶ棚。
積み上げられたパレット。
そこに眠る大量の生地。
総在庫は10万メートル超。
その光景を前にしたとき、私は言葉を失いました。
これは“資産”であり、同時に“責任”でもある。
〜地道な計測作業〜
カット済みの生地にはバーコードがありました。
しかし反物は手書きの札のみ。
長さが書かれていないものも少なくありません。
つまり、正確な在庫は誰にもわからない。
そこで、反物業者に協力を依頼しました。
週に一度、約100反ずつ測る。
生地を広げ、長さを計測し、紙メジャーを入れて再梱包する。
これを2カ月以上続けました。
正直に言えば、地味な作業です。
すぐに成果が見えるわけでもありません。
けれど、この作業こそが会社の土台をつくる。
私はそう信じていました。
〜在庫が整うと、景色が変わる〜
数字と現物が一致し始めたとき、景色が変わりました。
仕入れるべき生地。
止めるべきカテゴリー。
強化すべきライン。
判断がクリアになっていく。
在庫が見えるということは、未来が見えるということ。
仕入れは攻めの仕事に見えますが、実は守りの仕事でもあります。
守りが固まってこそ、攻めに転じることができる。
この経験は、私にとって大きな学びでした。
◾️ グループ企業ならではの難しさ
〜スケールメリットの光と影〜
グループ企業は、低価格のボリューム商品が強みでした。
そのため、中国からの直接調達が主軸となっていました。
大量仕入れによるコストダウン。
価格競争力の強化。
これは大きな武器です。
しかし同時に、
・ 在庫過多
・ 品質のばらつき
・ 市場変動への弱さ
というリスクも抱えます。
量が増えれば、判断ミスの影響も大きくなる。
仕入れは、規模が大きいほど慎重さが求められる仕事なのです。
〜共通在庫という調整力〜
グループ企業では、複数の事業部門が共通在庫を使うこともあります。
同じ生地を別ラインで使用することで、コストを分散できる。
効率的で理にかなっています。
しかしその裏には、細やかな調整が必要です。
「どの部門がどれだけ使うのか」
「追加発注はいつするのか」
「在庫責任はどこにあるのか」
仕入れは、単独で完結する仕事ではありません。
営業、商品企画、工場、物流——。
多くの人との連携の中で成り立っています。
ここでもやはり、前回お話しした“人の力”が重要でした。
◾️ 初めての北京出張
〜現地で感じた空気〜
運営に携わって3カ月後の2011年10月。
私は初めて北京へ向かいました。
グループ企業は中国と合弁で生産を行い、
現地工場で縫製していました。
さらにパートナー企業が商社機能も持ち、
生地もそこで調達する。
日本の問屋仕入れとは、まったく違う世界でした。
空港に降り立ったときの緊張感。
言葉の壁。
商習慣の違い。
新しいフィールドに足を踏み入れた実感がありました。
〜仕入れのプロセスの違い〜
日本では、サンプルを見てロット発注。
ある意味、整った流れがあります。
しかし中国では、
・ 膨大な柄見本から選定
・ 混用率、色、糸番手、目付を細かく決定
・ ロット数を踏まえた発注
より踏み込んだ判断が求められました。
特に柄物は慎重です。
糸番手が違えば、柄の印象が変わる。
仕様を曖昧にすれば、完成品は別物になる。
仕入れは「選ぶ」だけでなく、「決める」仕事。
その責任の重さを、改めて感じました。
◾️ 品質という見えない勝負
〜バブリングという課題〜
ウール織物には「バブリング」という現象があります。
異素材の縮率差により、生地が凹凸状になる問題です。
特にストライプやチェックでポリエステル混用の場合に起こりやすい。
仕様確認を怠れば、後から大きな問題になる。
仕入れは価格交渉ではありません。
品質設計なのだと痛感しました。
〜技術者からの学び〜
現地の技術者との対話は、非常に勉強になりました。
なぜこの糸番手なのか。
なぜこの目付なのか。
なぜこの混用率なのか。
理屈を理解すれば、判断の精度が上がる。
仕入れの奥深さを、現場で学ばせてもらいました。
◾️ 中国仕入れがくれた「人との出会い」
ここまで、グループ企業での仕入れの全体像についてお話ししてきました。
在庫を整えること。
スケールメリットとリスクのバランスを取ること。
品質を設計するという視点を持つこと。
けれど——
私にとって、中国仕入れの経験が本当に大きかった理由は、実は“人”にあります。
◾️ 中国仕入れがくれた、想像以上の学び
正直に言えば、最初は「仕入れルートが変わる」という認識でした。
コストを抑えるための直接調達。
仕様を自分たちで決めるための現地交渉。
あくまで業務上の変化、という受け止め方だったのです。
しかし実際に現地に足を運び、関係を築いていく中で、私は多くのことを学びました。
新しい考え方。
日本とは異なる価値観。
仕事への向き合い方の違い。
それまでの自分にはなかった視点に、何度も気づかされました。
「そういう考え方もあるのか」
「その発想は思いつかなかった」
そんな発見の連続でした。
◾️ 勉強になった方々
現地の技術者。
商社の担当者。
工場の管理責任者。
それぞれ立場は違いますが、皆さんがプロフェッショナルでした。
糸番手の違いがどれほど風合いに影響するのか。
目付の数グラム差が着心地をどう変えるのか。
混用率が縫製工程にどんな影響を与えるのか。
理論だけではなく、現場の経験に裏打ちされた言葉は重みがあります。
私は何度も質問をしました。
そして、何度も教えていただきました。
中国仕入れは、単なるコストダウンの手段ではなく、私にとっては“学びの場”だったのです。
◾️ お世話になった方々
言葉の壁がある中で、通訳を通して細かな仕様を詰める。
文化の違いから、最初は意図がうまく伝わらないこともありました。
それでも、根気よく向き合ってくれた方々がいました。
「どうすれば、より良くなるか」を一緒に考えてくれる。
トラブルが起きたときに、逃げずに対応してくれる。
そうした姿勢に、何度も救われました。
仕入れは契約で成り立つ仕事ですが、最終的に支えているのは“信頼関係”です。
お世話になった方々との時間は、私にその大切さを改めて教えてくれました。
◾️ 優しさに触れた瞬間
仕事の場面だけではありません。
慣れない土地での食事。
現地での何気ない会話。
文化や家族の話。
緊張していた私に、気さくに声をかけてくれた方。
体調を気遣ってくれた方。
仕事以外の部分でも支えてくれた方。
異国の地で感じた“人の温かさ”は、今でも忘れられません。
ビジネスは数字で動きます。
けれど、人の心は数字では測れません。
あの経験は、私の中に大切な感覚として残っています。
◾️ 知識だけではない学び
中国仕入れを通じて得たのは、専門知識だけではありません。
伝え方。
交渉の間合い。
相手の立場に立って考える姿勢。
自分の意見を主張するだけでなく、
相手の背景を理解しようとすること。
言葉が違うからこそ、より丁寧に伝える。
文化が違うからこそ、より深く聞く。
その積み重ねが、関係を強くしていくのだと実感しました。
◾️ 次回から、出会いをひとつずつ
次回からは、中国仕入れで出会った方々を、ひとりずつご紹介していきます。
勉強になった方。
本当にお世話になった方。
そして、心から「優しい方だな」と感じた方。
それぞれに、忘れられないエピソードがあります。
仕入れという仕事の裏側には、こうした人との出会いがありました。
数字の向こうにいる“人”。
その存在が、私の仕事を支えてくれていました。
少しずつ、丁寧にお伝えしていきたいと思います。
どうぞ次回も、お付き合いください。