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私の回顧録

2026.02.20:第66回 私の回顧録

仕入れ編
〜人がつないでくれた〜

みなさん、こんにちは。

これまで、お世話になった方を一人ずつ振り返ってきました。 役職も立場も違う方々ですが、名前を書くだけで、そのときの表情や声の調子まで思い出されます。

仕入れの現場は、常に数字と向き合う仕事でした。 原価、上代、ロット、在庫、回転率。 判断の基準は、いつも現実的で、時に厳しいものでした。

けれど、不思議なことに、あとから記憶に残るのは品番でも価格でもありません。 あのとき横にいてくれた人。 背中を押してくれた人。 黙って支えてくれた人。

改めて思うのは、私の仕入れ人生は、商品ではなく「人」でできていたということです。

商売は数字で動きます。 けれど、続いていくのは人の縁でした。

人の縁

◾️ Mさん

― 紹介からはじまったご縁

最初のきっかけは、印刷業者のMさんでした。 「生地見本を製作できる会社を探してほしい」というご相談をいただいたことから、すべてが始まりました。

そのご縁の先でつながったのが、サンプル製作会社の社長であるMさんです。 ちょうど大阪営業所を閉鎖することになった際、営業所にあった裁断機を購入してくださった方でもありました。

さらにその社長は、大阪営業所で裁断を担当していたスタッフまで雇い入れてくださいました。 営業所の閉鎖という寂しい出来事の中で、設備だけでなく、人の未来まで引き受けてくださったのです。

私が生地屋を退職する際、ご挨拶に伺うと、 「これからもよろしく」と声をかけてくださいました。

今でも年賀状をいただいています。

商売が終わっても、関係は終わらない。 そんな大切なことを教えてくれたご縁でした。

裁断機

◾️ Iさん

― つながり続ける人

Iさんは、以前紹介した方と同じ会社の方です。

当社のセールに販売応援に来てくれたことがきっかけで、 産学の企画へと発展しました。 ファッションショーや産地展での展示。 売り場での出会いが、新しい形に広がったのです。

Iさんの経歴は実に多彩です。 服飾系専門学校を卒業し、コレクションブランドへ。 その後、産地のコンバーターに転職し、独立。 独立後はOME・ODMでアパレルメーカーを手がけ、 母校で講師も務めていました。

現場も、産地も、教育も知っている人。

退社後も時折連絡を取り、 知り合いの生地を買ってもらうこともあります。

仕事は形を変えても、 人との関係は続いていくのだと感じます。

米沢産地の生地

◾️ Mさん

― 尾州へ連れて行ってくれた方

はじめて尾州の機屋を案内してくれたのが、このMさんです。

あのとき聞いたシャトルの音は、今でも耳に残っています。

生地を「売る側」だった私に、 生地を「作る側」の世界を見せてくれました。

ここまで深く生地に関わるきっかけをくれた方です。

数年後、Mさんは引退し、 故郷の岡山へ戻られました。

けれど私の中では、 今も尾州の工場に立っている姿のままです。

尾州の機屋

◾️ Kさん・Yさん

― 中国で共に行った二人

Kさんは中国人で、 中国仕入れを最初にアテンドしてくれた方です。

堂々とした交渉姿。 現地での立ち振る舞い。

その後すぐに会社を退職されましたが、 退職後に飲みに行き、 今でもSNSでつながっています。

商売の期間より、 その後の時間のほうが長いかもしれません。

Yさんは同じ会社で、OEM担当として中国に同行。 私より10歳ほど上でしたが、とにかく若い。

年齢ではなく、姿勢が若い人でした。

異国の地で、 頼れる存在がいる安心感。 二人の存在は大きかった。

中国同行

◾️ Aさん

― 世界を広げてくれた方

Aさんは、JITACへ最初に案内してくれた方です。

会社は五反田TOCにあり、 インポート生地を扱っていました。

当初はセールの目玉商品としての取引。 しかし次第に、直接代理店と取引をしたいと考えるようになりました。

その背中を押してくれたのがAさんです。

世界が一段広がった瞬間でした。

五反田TOC

◾️ Mさん・Kさん

― 均一で支えてくれたお二人

大阪本社、堀留に営業所があった生地問屋のお二人。

Mさんは合繊無地系。 Kさんはプリント系。

展示会用に作った新商品が見込み違いで残った際、 均一で見切ってくれました。

展示会用に作った新商品が見込み違いで残った際、 均一で見切ってくれました。

商売としては三年ほど。

一緒に三人で飲んだこともあります。

商売の話だけでなく、 他愛のない話もした夜。

仕入れは、こうした積み重ねで成り立っていました。

展示会

◾️ Hさん

― 高級素材を教えてくれた方

京都のコンバーターで、 高級素材や産地物を扱っていたHさん。

セールによく販売応援に来てくれました。

海島綿(シーアイランドコットン)、
シルク100%、
タスマニアウール、
チュールやケミカルレース。

高級素材はチャレンジ商品。 けれどイメージを高め、価値をつくるためには必要でした。

Hさんの勤めていた会社は、私が退職する前に事業を停止。

産地や高級素材を守ることの難しさを、 背中で教えてくれた方でした。

生地画像

◾️ もう一人のHさん

― 成長を続けた会社

米沢展の親睦会で知り合った繊維商社勤務のHさん。

その場で話が弾み、商売が始まりました。

プリント加工やP下販売で急成長した会社。 私が業界に入ってから、 コロナの影響を受けるまで毎年売上を伸ばしていました。

数年後に担当者は変わりましたが、 取引は継続。

人がきっかけで始まり、 組織として続いていく。

そんな関係でした。

生地画像

◾️ Sさん

― 突然の別れ

大手繊維商社から系列会社へ転籍されたSさん。

商売は数年でした。

数日前まで元気に商談していたのに、 突然、会社から訃報の連絡。

原因は教えてもらえませんでした。

信じられない気持ちと、 ただただ残念な思い。

昔話をしながら笑っていた姿が、 今も忘れられません。

商売の数字は残りません。 残るのは、その人の記憶です。

Sさんのイメージ

◾️ おわりに

振り返ると、 助けられ、育てられた時間でした。

強い人もいれば、 静かな人もいた。

けれど皆、 それぞれの立場で真剣に商売をしていた。

仕入れの世界は、 やはり人でできています。

私の歩んできた道は、 一人では決してつくれなかった。

出会ってくださったすべての方に、 今も感謝しています。


◾️ 次回予告

これまで、お世話になった方や印象に残った方など、 人を中心に紹介してきました。

次回は新展開です。

グループ企業について、お話しします。



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