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Textile Industry Column糸偏コラム:自由な視点
私の回顧録

2026.02.19:第65回 私の回顧録

仕入れ編
〜お世話になった方7〜

みなさん、こんにちは。

前回は、攻めの経営者Tさんについて書きました。 中国出張、英語での価格交渉、為替の話。

スピードのある仕入れの世界。

その余韻がまだ残っている方もいらっしゃるかもしれません。

今回は、少し違います。

派手さはない。 けれど、じわじわと効いてくる存在。

レース専業問屋の社長、Kさんです。

じわじわと効いてくる存在

◾️ 紹介だった、はず

最初の出会いは、正直に言うと曖昧です。

私が勤めていた会社の大阪営業所。 仕入れの打ち合わせで大阪にいった時だったのか、 誰かに紹介されたのか。

はっきり思い出せない。

でも不思議と、 その後のやり取りは鮮明に覚えています。

人との縁は、 出会いの瞬間よりも、 積み重ねのほうが記憶に残るのかもしれません。


◾️ レースの世界は、少し違う

私はそれまで、婦人インナーを扱った経験がありました。

レース自体は、知らないわけではない。

けれど、「レース専業問屋」は別世界でした。

サンプル帳。
柄図鑑。
細かく分類された品番。

後半に事務所へ伺ったとき、 棚に並ぶ資料を見て思いました。

(これは、沼だな。)

レースは、装飾ではない。 一つの専門分野でした。

レース柄図鑑

◾️ 「〇〇ちゃん」と呼ばれて

Kさんは、私を「〇〇ちゃん」と呼びました。

取引先同士の取引です。 普通なら、名字か役職。

でも、ちゃん付け。

最初は少し戸惑いましたが、不快感はありませんでした。

むしろ、親近感を持ちました。

フランク。
人の良い方。

でも、知識は深い。

職人肌ではないのに、レースのことを聞けば、 細部まで説明してくれる。

「これはな、下の生地で全然見え方が変わるで。」

その一言で、 レースの見方が変わりました。


◾️ ソフトで、軽やかで、上質

初めてしっかり触ったエンブロイダリーレース。

ソフト。
軽やか。
透け感。

フェミニンで、優しい。
そして、どこか上質。

糸の立体感。
柄の奥行き。

「高いのには、理由がある。」

そう思いました。


◾️ 相場は決まっている

値段交渉は、意外と静かでした。

レースには、ある程度の相場がある。

工賃が上がるときは、 事前に提示してくれる。

「今回はこれだけ上がるで。」

フェア。

無理に押し込まない。 でも、安売りもしない。

問屋としての矜持を感じました。


◾️ 偶数でしか頼めない

とはいえ、壁はありました。

加工単位。
偶数の反数。

「え、奇数では無理ですか?」

「無理やな。」

(使いづらいな……。)

仕入れ担当としては、 柔軟性が欲しい。

ここは正直、 小さなストレスでした。


◾️ 下生地を変えろ

しかしKさんは言いました。

「それやったら、下を変えたらええやん。」

同じレース柄。
でも、下生地を変える。

ツイード。
スーツ地。

私は最初、半信半疑でした。

(レースって、もっとフェミニンなものじゃないのか?)

でもやってみると、 想像以上に新鮮でした。


◾️ 付加価値という武器

生地+加工賃。

単価は上がる。

展示会では、動きが鈍いときもありました。

「ちょっと高いですね。」

その言葉に、 何度もうなずきながら内心焦る。

(やっぱり難しいか。)

でも、売れた日がありました。

通常レースでは見ない、 ツイードベースのエンブロイダリー。

「これ、面白いね。」

その一言で空気が変わった。

レースは装飾ではない。 生地を“格上げする装置”だと気づいた瞬間でした。


◾️ バスケの夜

Kさんは、バスケットボール好きでした。

NBA。
そして、日本人で最初にNBAに挑戦した。
田臥勇太の話。

「あれはすごいなあ。」

酒の席で、何度もその話になりました。

私はバスケをしていませんでした。

でも、私の母校は当時全国常連校。 さらに遡れば、オリンピック選手も輩出していた。

「ほう、それはすごいな。」

そこから一気に距離が縮まる。

仕入れの話より、 バスケで盛り上がる夜。

大阪出張のたび、 最後まで付き合ってくれました。

「ちゃんと帰れよ。」

そう言って送り出してくれる。

人情のある人でした。


◾️ 工場へ行け

あるとき、 エンブロイダリーレース工場を案内してくれました。

機械の音。
規則正しく動く針。
無数の糸。

私は立ち止まりました。

(こんな工程を経て、あのレースになるのか。)

頭の中の知識が、 立体になった瞬間でした。

レース工場

◾️ 現場は、最高の教科書

現場を見ると、 アイデアが変わる。

この糸なら、 この下生地なら。

単なる「仕入れ」ではなく、 「企画」に近づいていく感覚。

Kさんは、 レースを売っていたのではありません。

知識をくれていたのです。


◾️ 業界が良かった頃

酒の席で、 昔の話もしてくれました。

「昔はな、もっと動いたんや。」

活気のあった時代。

私はその時代を知りません。

でも、話を聞きながら思いました。

(今をどう生きるかは、自分次第だな。)


◾️ 静かな財産

派手な事件はありません。 大きなトラブルもありません。

でも、 私の中に確実に残った。

ロットの考え方。 加工単位。 下生地の発想。 付加価値という視点。

生地バイヤーとしての財産。

レースは、 飾りではありませんでした。

私の知識の層になったのです。

Kさん、ありがとうございました。


◾️ 次回予告

これまで、仕入れの中でお世話になった7人の方をご紹介してきました。

けれど、まだまだご紹介できていない、 印象に残る方がいます。

そこで次回は、 そんな“忘れられない方々”を、 エピソードを交えながら一挙にご紹介します。

仕入れの世界は、 やはり「人」でできている。

どうぞ、次回もお付き合いください。



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