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Textile Industry Column糸偏コラム:自由な視点
私の回顧録

2026.02.16:第62回 私の回顧録

仕入れ編
〜お世話になった方4〜

みなさん、こんにちは。

前回は、米沢へと私を導いてくれたSさんのお話をしました。 見本反という発想、産地の歴史に触れる体験、そして人の想いを受け取るという仕入れのあり方。

そのSさんを紹介してくださったのが、今回お話しする京都のプリント屋、Kさんです。

仕入先であり、社長であり、そして私に初めて“製造現場”を見せてくれた人。 静かな工場と、渋い声の社長。

今回は、そのKさんとのご縁を振り返ってみたいと思います。

縁

◾️ 番頭さんの紹介

Kさんとのご縁は、元々当社の番頭だった上司からの紹介でした。

「今度、仕入れ担当になるから。」

そう言って、取引先に私を紹介してくれたのです。 番頭さんとKさんはゴルフ仲間。気心の知れた間柄でした。

当時の私は営業から仕入れ担当に変わったばかり。 右も左も分からない。 仕入れの重みも、責任の大きさも、まだ実感しきれていない頃です。

正直に言えば、その当時はKさんが“特別な存在”になるとは思っていませんでした。 他にも多くの仕入先を紹介されていましたし、一人ひとりを深く考える余裕もありませんでした。


◾️ 裁断場に現れた長身の社長

初めて正式に紹介されたのは、おそらく大阪の仕入れ担当と一緒の場だったと思います。

場所は、いつもの社内の裁断場。 生地が積まれ、ハサミが置かれ、特別な緊張感もない日常の風景。

そこに現れたのが、背の高い年配の男性。 声が低く、渋い。 年齢の割にダンディで、どこか貫禄がありました。

「よろしゅうに」

その一言が、やけに重く感じたのを覚えています。

怖い。 でも、頼れそう。

それが第一印象でした。

ダンディ

◾️ 仕入れ担当という重み

その頃の業界は決して良い状況ではありませんでした。 産地は縮小傾向。価格競争は激化。 在庫リスクも高い。

そんな中での「ミニマム2反」の仕入れ。 たった2反、と言えば簡単ですが、売れなければ在庫になります。

プリント生地の仕入れ。 数字の責任を持つ立場になったばかりの私にとって、その2反は決して軽いものではありませんでした。


◾️ 即決する社長

Kさんは社長でした。 こちらの質問に対して、迷いがない。

「それはできる。」 「それは難しい。」

即決。

その判断の速さは、経験の厚みそのものでした。

怖さの正体は、その“迷いのなさ”だったのかもしれません。

即決

◾️ ベンベルグにプリントできますか?

ある時、私は尋ねました。

「ベンベルグにプリントはできますか?」

当時、新しい表現を模索していました。 ベンベルグ素材に、これまでにない付加価値を持たせたい。 その思いからの問いかけでした。

Kさんは即答はせず、「やってみましょう」と言ってくださいました。 そして、いくつもの捺染場に足を運び、こちらから渡したベンベルグの生地で実際に試験をしてくれたのです。


◾️ 「色なき」という現実

しかし、結果は思うようにはいきませんでした。

染料を載せても、発色が弱い。 色が沈み、抜けてしまう。 いわゆる「色なき」のような現象が現れ、狙った表現にならなかったのです。

捺染の職人さんたちも工夫を重ねてくださいましたが、安定した品質には至らない。 最終的には、現実的ではないという判断で断念することになりました。

Kさんは静かに言いました。

「インクジェットなら可能だと思う。ただ、コストが高くなる。」

技術的には道はある。 しかし、商品として成立するかどうかは別問題。

商売として成り立たなければ意味がない。 いかにもKさんらしいものでした。


◾️ 逃げない選択

「できない」という言葉は、時に挑戦を止めます。 しかし私は、完全に諦めたわけではありませんでした。

プリントが難しいのであれば、柄表現をジャカードで対応する方向に切り替える。 あるいは、新規で対応できる先を探す。

プリントが難しいのであれば、柄表現をジャカードで対応する方向に切り替える。 あるいは、新規で対応できる先を探す。

そう考えられたのは、Kさんに否定されたわけではなかったからです。 むしろ、現実を率直に教えてもらったからこそ、次の一手を冷静に考えることができたのです。

できない理由を曖昧にせず、試した上で判断する。 その姿勢を目の当たりにしたからこそ、私は立ち止まらずに動けました。

そして動き続けた結果、完成品のリバティープリントを提案してくる取引先と出会いました。

「難しい」と言われた経験は、後退ではなく方向転換でした。 あの一言があったからこそ、別の道が見えたのです。

仕入れとは、感情ではなく判断。 理想と現実の間で、最適解を探す仕事なのだと、この経験から学びました。


◾️ 未来へつながったインクジェットという発想

そして、もうひとつ。

そのときはコスト面で断念したインクジェットプリント。 しかし、「インクジェットなら可能」という言葉は、私の中に残りました。

後年、ファッションショー用にオリジナルプリントを制作する際、 あの時の発想がよみがえります。

大量生産ではなく、表現を優先する場面ならどうか。 付加価値で勝負する企画ならどうか。

あのとき実現しなかったアイデアが、形を変えて花開いた瞬間でした。

失敗や断念は、決して無駄ではない。 種は、どこかで芽を出す。

Kさんとのやり取りは、技術的な挑戦であると同時に、 発想の引き出しを増やしてくれた出来事でもありました。


◾️ はじめての手捺染工場

Kさんは、私を京都のプリント工場へ連れて行ってくれました。

手捺染。 機械音はほとんどありません。

静かでした。

職人が、粛々と版に染料を染み込ませる。 白い生地に、鮮やかな色が一色ずつ乗っていく。

薬品の、少し酸っぱい匂い。 ボイラーの熱気。

「たった一反のために、ここまでやるのか。」

そう思いました。

生地は、ただの“商品”ではない。 人の手間と時間の積み重ね。

この体験がなければ、私はここまで生地に興味を持たなかったかもしれません。


◾️ 社長らしさ

Kさんは、当社に来られた際、 自分の会社の事務の女性や社員のことをよく褒めていました。

「あの子は本当によくやってくれている」 「うちの社員は助かっているんです」

そんな言葉を、当たり前のように口にするのです。

取引先の前で、身内をきちんと評価できる。 その姿に、私は社長としての器を感じました。

威厳だけではない。 人を認め、大切にする姿勢。

それが、Kさんの“社長らしさ”でした。


◾️ げこの社長

見た目はダンディ。 声は低く、貫禄がある。

しかし――実は“げこ”。

それでも時間があると飲みに誘ってくれました。

「美味しいもの、腹いっぱい食べなよ。」

業界の昔話。 独立当初の苦労話。 「昔はこれで儲かったのに」という笑い話。

怖いけれど、温かい。


◾️ 情報と顔の広さ

Kさんは京都で独立した社長。 顔が広く、情報収集力に長けていました。

価格も良心的。 他社と相乗りしてロットを抑えてくれる。

仕入れとは、数字だけではない。 人の信頼で成り立っている。


◾️ Sさんとの縁

前回お話ししたSさん。

そのSさんを紹介してくれたのも、Kさんでした。

ご縁は一本の線ではなく、網の目のように広がる。

あの紹介がなければ、米沢にも行っていなかった。 百貨店通販の話もなかった。

すべては、京都の社長から始まっていたのです。


◾️ 仕入れの本質

Kさんから直接、言葉で指導されたわけではありません。

・ できないことは、はっきり言う
・ 現場を見せる
・ 後輩を可愛がる
・ 人を繋ぐ

仕入れの本質は“人”だということ。


◾️ 今、伝えたいこと

Kさん。

ありがとうございました。 本当にお世話になりました。

あの静かな工場の空気。 酸っぱい匂い。 ボイラーの熱。

今も覚えています。


◾️ 次回予告

仕入れのご縁は、まだ続きます。

次回は、また別の角度から、仕入れと人のつながりについてお話しします。

どうぞ、次回もお付き合いください。



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