2026.02.13:第59回 私の回顧録
仕入れ編
〜お世話になった方〜
みなさん、こんにちは。
前回は、印刷屋との関わりについてお話ししました。
サンプル制作において、紙や印刷がどれほど重要な存在だったのか。
生地という主役を支える、もう一つの“仕入れ”の現場について振り返りました。
私が仕入れや取引の中で出会い、支えていただいた方々について、何回かに分けて「お世話になった方」をご紹介したいと思います。
どんな仕事もそうですが、
最終的に残るのは「人との記憶」です。
その第一回目は、前回も少し触れました、
印刷業者の Mさん のお話です。
◾️ Mさんとの出会い 〜大阪でのご縁〜
Mさんと初めてお会いしたのは、
私が生地屋に入社して2〜3年目の頃でした。
当時、私は仕入れ担当として大阪とも頻繁にやり取りをしており、
月に一度は大阪へ出張していました。
Mさんは、大阪営業所が使っていた印刷業者の担当者。
「一度会ってみたら?」と紹介されたのが最初の出会いでした。
第一印象は、
物腰がやわらかく、それでいて芯がある人。
いわゆる“営業トーク”というより、
きちんとこちらの話を聞き、考えてから提案してくれる。
そんな落ち着いた印象を持ったのを覚えています。
◾️ 当時の悩み 〜東京の印刷会社との苦労〜
その頃、東京では別の印刷会社を使っていました。
正直に言えば、
その会社は少し融通が効きにくいところがありました。
特に困っていたのが「校正」。
本来であれば間違えないであろう部分まで誤植があり、
こちらで細かくチェックし直さなければならない。
確認にかなりの時間がかかっていました。
もちろん、最終確認は発注者であるこちらの責任です。
しかし、毎回細部まで疑ってかからなければならない状況は、
精神的にも時間的にも大きな負担でした。
そして、何度か作り直しも発生。
そのたびにコストとスケジュールが揺らぎます。
「もっとスムーズにできないものか」
そんな思いが強くなっていた時期でした。
◾️ ちょうどその頃の新しい挑戦
ちょうど同じ頃、
私たちは新しい企画に取り組んでいました。
それが、ホームソーイング用の生地サンプル企画。
趣味で洋裁を楽しむ方に向けたサンプル帳を作り、
販路拡大と潜在顧客の獲得を目指す取り組みでした。
ターゲットはプロではなく、
「洋裁が好き」という一般の方々。
その方々にとって、
生地の専門用語は難しい。
そこで出たアイデアが、
用途を一目で伝える“アイコン”を付けるという企画でした。
◾️ アイコン提案 〜Mさんの積極性〜
そのとき、
積極的に提案してくれたのがMさんでした。
「用途を視覚化した方がいいですね」
「イラストで表現したらどうでしょう」
言われてみれば当然のようで、
当時はまだそこまで整理されていませんでした。
実際に制作してもらったアイコンは、
とてもわかりやすく、親しみやすいデザインでした。
ワンピース向き。
シャツ向き。
パンツ向き。
そのイラストは、
サンプル帳だけでなく、洋裁雑誌の広告やウェブサイトにも展開され、
長く活用することになりました。
今振り返ると、
あのアイコンが、私たちのブランドの“顔”の一部になっていたのです。
◾ 紙のプロとしての助言
Mさんは、デザインだけでなく、
紙そのものについても多くのことを教えてくれました。
・ コート紙か、アイボリーか
・ 紙の目方はどれくらいが最適か
・ 紙の目(タテ目・ヨコ目)の違い
・ 断裁の取り都合によるコスト差
正直、最初は「そこまで違うのか?」と思っていました。
しかし、実際に触ってみると違う。
折れやすさ。反り方。めくりやすさ。
紙の向きひとつで、
サンプル帳の耐久性は大きく変わるのです。
こうした細かい部分を、
惜しみなく教えてくれました。
◾️ 印刷の視点から
色は、生地にとって命です。
当然、バイヤーとしてカラートレンドは常に意識していました。
シーズン性、明暗、寒色・暖色、彩度のバランス。
しかし、印刷物としての「色」の見え方は、また別の世界。
「この赤は紙にのると沈みますよ」
「このブルーは少し明度を上げた方が印象が良いです」
印刷業者の視点からのアドバイスは、
非常に実践的で、説得力がありました。
生地と紙。
両方を見たうえでの色設計。
それは、私にとって大きな学びでした。
◾️ 共通言語がある安心感
Mさんとの打ち合わせは、
いつもテンポが良かった。
新しい提案もしてくれる。
でも、こちらの意図をすぐに汲み取ってくれる。
まさに、
「痒いところに手が届く」存在でした。
言葉にしきれないニュアンスまで共有できる。
それは長い付き合いの中で育った、共通言語のようなものでした。
◾️ 月に一度の大阪出張
大阪に行くたびに、必ず打ち合わせ。
時間がないときは、
食事をしながら。
時にはお酒を楽しみながら。
形式張った会議室よりも、
食事の席のほうが良いアイデアが出ることも多かった。
年に一度ほどは、
逆に東京に来てもらい、打ち合わせをしました。
距離はあっても、
信頼は深まっていきました。
◾️ コストの現実を理解してくれた
私たちにとって最大の課題は、
サンプルコストをいかに抑えるか。
業者にとっては利益を上げることが使命。
本来なら立場は相反します。
それでもMさんは、
こちらの事情を理解し、歩み寄ってくれました。
「ここをこう変えれば、少し下がります」
「この工程を減らせますよ」
単なる値引き交渉ではなく、
一緒に構造を見直す提案。
そこに誠実さを感じました。
◾️ 最初の食事の記憶
初めて食事に招いていただいたとき、
Mさんの会社の社長も同席されました。
年齢は私の父と同じくらい。
しかし、着ている服はコムデギャルソン。
いい意味でこだわりのある方でした。
数回しかお会いしていませんが、
「この会社は、ただの印刷会社ではない」と感じました。
ものづくりへの美意識が、確かにあったのです。
◾️ サンプル制作会社の紹介
さらにMさんは、
サンプル制作ができる専門会社も紹介してくれました。
技術力が高く、
さまざまなタイプのサンプルに対応できる会社。
その出会いがなければ、
今のサンプルの形は違っていたかもしれません。
人は、人を紹介してくれる。
縁は、縁を広げてくれる。
そのことを強く実感しました。
◾️ 一番の思い出は「企画の時間」
一番の思い出は何かと聞かれたら、
やはり、お酒を交わしながら語った企画の時間です。
未来の話をする時間は、
とにかく楽しかった。
仕事なのに、
ワクワクしていました。
◾️ 突然の別れ
そのMさんとは、
もう会うことができません。
私が会社を辞める数年前、
入院され、急に亡くなられました。
私より5歳ほど上。
まだ若すぎる年齢でした。
数ヶ月前まで、普通に打ち合わせをしていた。
それが突然、いなくなる。
信じられませんでした。
◾️ 残ったもの
残ったのは、たくさんの思い出と、学び。
特に印象に残っているのは、
相手の立場に立って考える姿勢。
先方でありながら、
常にこちらの目線を忘れなかった。
それは、営業として、
そして人として、大きな手本でした。
◾️ 心からの感謝を
最後になりましたが、
改めてお礼を伝えたいと思います。
Mさん、本当にありがとうございました。
あなたと仕事ができたことは、
私の財産です。
◾️ 次回予告
次回は、取引先でお世話になった Yさん のお話をします。
また違ったタイプの方ですが、
私に大きな影響を与えてくれた存在です。
どうぞ、次回もお付き合いください。