2026.02.11:第57回 私の回顧録
仕入れ編
〜中国仕入れとその後〜
みなさん、こんにちは。
「最初で最後」の中国仕入れが残したもの
前回のコラムでは、中国・紹興での仕入れ体験についてお話ししました。
世界最大級の生地市場「中国軽紡城」の圧倒的なスケール感。
価格の魅力と、その裏側に潜むリスク。
結果として、中国マーケットからの仕入れは「最初で最後」となりましたが、
そこで得た経験は、想像以上にその後の仕事に影響を与えることになります。
今回は、中国仕入れの中で起きた印象的なエピソードと、
日本に戻ってから見えてきた現実と教訓について、少し踏み込んでお話ししたいと思います。
◾️ 中国という「生地の集積地」
私が訪れた浙江省紹興市周辺は、まさに繊維の一大集積地です。
・ シルク
・ 毛織物
・ 合成繊維
・ プリント染色加工
・ ニット
・ デニム
あらゆる素材、あらゆる加工が、半径数キロの範囲に集まっている。
その中心にあるのが、中国最大級の繊維集散地「中国軽紡城」です。
車で見回しても、
生地屋、生地屋、生地屋……。
どこまで行っても、生地に関わる建物が続く。
この光景を前にすると、
「日本とは、そもそも土俵が違う」
そう感じずにはいられませんでした。
◾️ “量”が生む説得力
日本では、
「良いものを、丁寧につくる」
という価値観が根付いています。
一方、中国では、
「圧倒的な量を、圧倒的なスピードで動かす」
そんなエネルギーを感じました。
どちらが正しい、という話ではありません。
ただ、ビジネスの前提条件がまったく違う。
この違いを理解せずに取引を進めると、
必ずどこかでズレが生じる。
そんな予感が、少しずつ確信に変わっていきました。
◾️ 忘れられない、ある出来事
仕入れの合間、ホテルのロビーでの出来事です。
その日は、購入を検討している生地のサンプルを広げ、
色や風合いを確認していました。
すると突然、
見知らぬ外国人が声をかけてきたのです。
◾️ 突然の参入
見たところ、中国の方ではなく、
中東系の商人のようでした。
「その生地、いいね。
どこで買ったんだ?
一緒に買わせてくれ。」
最初は冗談かと思いました。
しかし、相手は本気です。
しかも、かなりしつこい。
日本では考えにくい距離感
日本の感覚で言えば、
初対面の相手に、
いきなり仕入れ先を聞く。
しかも「一緒に買わせてくれ」と迫る。
まず、ありません。
正直、戸惑いましたし、少し警戒もしました。
◾ これが“世界の商売”なのか
ただ、そのやり取りを通じて、
あることに気づかされました。
海外、とくに繊維業界では、
「良い情報は、待っていても手に入らない」
という感覚が、ごく自然にある。
良い生地を見つけたら、
誰が持っていようと関係ない。
どこからでも情報を取りに行く。
瞬時の判断と行動力。
それが、世界市場で生き残るための武器なのだと、
身をもって知りました。
◾️ 信頼関係とスピード感
日本の取引は、
長期的な信頼関係を重視します。
それは、とても美しい文化です。
しかし一方で、
スピード感や即断即決が求められる場面では、
弱点にもなり得る。
中国での経験は、
その両面を、強く意識させられるものでした。
◾️ 値段交渉は「戦い」
OEM企業との商談でも、
文化の違いをはっきりと感じました。
とにかく、
値段交渉が細かい。
◾️ 最初の提示は、スタート地点
日本では、
「この価格が限界です」
という提示がされることも多いですが、
中国では違います。
最初に出てくる価格は、
あくまで交渉のスタート地点。
そこから、
・ 数量
・ 条件
・ 支払い方法
などを材料に、どこまで下げられるか。
交渉しない方が損、
という世界です。
◾️ 日本人の感覚では勝てない
正直なところ、
日本人の感覚のまま交渉に臨むと、
簡単に負けてしまいます。
「まあ、このくらいでいいか」
その一瞬の甘さが、
大きな差につながる。
だからこそ、
事前の市場調査と、
明確な交渉戦略が不可欠だと痛感しました。
◾️ 実際に仕入れた生地
マーケットでの仕入れ自体は、
その時限りでした。
ただ、その後の取引や交渉では、
このときの経験が、大いに役立ちました。
◾️ 日本に戻ってからの現実
発注した生地が日本に届き、
改めて検品を行ったところ、
問題が発覚します。
一部の生地の物性が悪かったのです。
品質基準の違い
日本では、
「これくらいは当たり前」
という品質基準があります。
しかし、それが
海外では当たり前ではない。
検品を依頼し、
問題のあった生地はキャンセルとなりました。
◾️ 海外仕入れに潜むリスク
海外仕入れでは、
こうしたトラブルは珍しくありません。
・ ロットごとの差
・ 仕上がりのムラ
・ 基準の認識違い
だからこそ、
サンプルチェックと、
現地での確認が何より重要になります。
◾️ もうひとつの後日談
後日、
現地でアテンドしてくれた方を通じて、
スーツ生地を発注しました。
ストライプで起きた誤算
無地の生地については、
特に問題はありませんでした。
しかし、
ストライプの生地で、
予想外の事態が起こります。
「ウール100%」の落とし穴
今回は、
「ウール100%」
という指定をしました。
日本であれば、
ストライプの柄糸にポリエステルやシルクを使っても、
5%以下であれば「ウール100%」表記が可能です。
そのため、
暗黙の了解として、
柄はしっかり見える仕上がりになる。
◾️ 仕様は、そのまま実行される
ところが、
海外では違いました。
指定通り、
柄糸まですべてウール。
結果、
ストライプがほとんど目立たない生地が仕上がってきました。
「確認されない」という前提
日本の工場であれば、
「この仕様で大丈夫ですか?」
と確認が入るケースがほとんどです。
しかし、海外では、
書いてある通りにつくる。
良くも悪くも、
それが基本姿勢です。
◾️ 明文化の重要性
この経験から、
海外発注では、
・ 仕様を細かく
・ 曖昧な表現を避け
・ 確認を怠らない
この3点が、いかに重要かを学びました。
◾️ 中国仕入れが教えてくれたこと
この初の海外仕入れ経験を通じて、
私は多くの学びを得ました。
1.市場を知ることの大切さ
相場を知らなければ、
交渉の土俵にも立てません。
2.品質は「任せない」
任せきりにせず、
自分の目で確認する姿勢が必要です。
3.交渉は前提条件
値段交渉は特別なことではなく、
取引の一部だという認識。
4.文化の違いを理解する
日本の常識は、
世界の非常識になることもある。
◾️ 経験は、次の判断を支える
この中国仕入れがあったからこそ、
その後の海外取引では、
より冷静に、より慎重に判断できるようになりました。
失敗も、違和感も、
すべてが糧になっています。
◾️ おわりに
今回は、中国仕入れのエピソードと、そこから私の中に残った学びについてお話ししました。
冒頭で「最初で最後の中国仕入れ」と書きましたが、正確に言えば、自分自身が主体となって行った仕入れとしては、最初で最後だった、という意味になります。
実はその後、グループ会社の仕入れに関わる中で、中国との取引は形を変え数年後には合弁会社を通じ、再び中国仕入れに携わることになります。
ただ、あのとき一人の担当者として現地に入り、手探りで向き合った中国仕入れの経験は、その後のどんな取引とも質の異なる、強烈な原体験として残っています。
海外仕入れには、確かに夢があります。
同時に、想像以上のリスクや、現場でしか見えない現実もあります。
だからこそ大切なのは、「知らずに飛び込む」ことではなく、知った上で選ぶこと。
この経験は、以降の私の仕入れの考え方や、距離の取り方を大きく変えるきっかけになりました。
中国仕入れが完全に終わったわけではなく、むしろ形を変えて続いていく――
その話については、あらためて時系列で、ひとつのコラムとしてお伝えしていきたいと思いますので、ぜひ楽しみにしていてください。
◾️ 次回予告
次回は、直接的な「仕入れ」の話からは少しだけ外れますが、
仕入れ編のいちばん最初にお話ししたサンプル作りに深く関わるテーマ、
「印刷屋との関わりについて」をお話しします。
生地でも縫製でもないけれど、モノづくりの現場では欠かすことのできない存在。
企画と現実をつなぐ、印刷屋さんとのやり取りから見えてきたことを、私なりの視点で振り返ってみたいと思います。
次回も、ぜひお付き合いください。