2026.02.07:第53回 私の回顧録
仕入れ編
〜生地の見本市 その2〜
みなさん、こんにちは。
前回のコラムでは、国内の生地見本市について触れました。
今回はその流れの中で、私にとって少し特別な存在でもある、生地の見本市をご紹介したいと思います。
それが、**一般社団法人 JITAC(旧・日本輸入繊維代理店協会)**が主催する生地見本市です。
華やかさや派手さという点では、直接海外に観に行く「パリのプルミエール・ヴィジョンやミラノ・ウニカ」ほどではないかもしれません。
ですが、国内に居て実務に携わる人間にとっては、非常に「現実的」で「学びの多い」見本市でもあります。
◾️ JITACという存在
JITACの見本市は、日本の輸入繊維代理店が取り扱う生地を一堂に集めた展示会です。
特徴的なのは、海外の有力メーカーの生地を、日本にいながら実際に手に取れるという点にあります。
イタリア、フランス、イギリスをはじめとしたヨーロッパのメーカーが中心で、
その中には、プルミエール・ヴィジョンやミラノ・ウニカにも出展しているような名だたるメーカーも少なくありません。
海外展示会と同じ素材を、日本語で説明を受けながら確認できる。
これは、忙しいバイヤーや仕入れ担当者にとって、非常にありがたい環境です。
◾️ はじめてのJITAC体験
私が初めてJITACの見本市を訪れたのは、2005年頃だったと記憶しています。
当時取引のあった生地問屋の方に声をかけていただき、有楽町の東京国際フォーラムへ足を運びました。
正直に言えば、その時点では
「JITAC? どんな見本市なんだろう」
という程度の認識でした。
ただ、そこには明確な目的がありました。
社内にレディースのオーダー部門があり、オーダースーツ向けの生地を探す必要があったのです。
◾️ 当時求められていた生地
その頃、特に探していたのは
イタリア製で、ストレッチ性があり、なおかつ価格競争力のある生地でした。
今でこそストレッチ素材は当たり前の存在ですが、
当時のメンズ生地市場では、まだまだ珍しい存在でした。
「着心地が良い」
「動きやすい」
そういった要素が、少しずつ重視され始めた時代。
機能性という言葉が、ようやくメンズの生地にも入り込んできた、
そんな過渡期だったように思います。
◾️ 会場に広がる“世界の生地”
JITACの会場に足を踏み入れた瞬間、
そこには、これまで見てきた生地とは明らかに違う空気が流れていました。
イタリア製ウールの柔らかさ。
英国ツイードの重厚感。
フランスのジャカードが持つ、どこか知的な表情。
ただ並んでいるだけなのに、
「この生地は、こういう国で、こういう人たちが作っている」
そんな背景まで伝わってくるような感覚がありました。
生地を触り、光沢を確かめ、厚みを感じる。
そして、ブースに立つ代理店の担当者と話をする。
この一連のやり取りが、
カタログや写真だけでは得られない情報を、確実に与えてくれます。
◾️ 代理店という“窓口”の存在
JITACの面白さは、代理店という立場の人たちと直接話せることにもあります。
彼らは単なる販売窓口ではありません。
海外メーカーとの交渉役であり、品質管理の窓口であり、
時にはトラブル処理の最前線にも立つ存在です。
「この生地は、どういうブランドに採用されていますか?」
「リピート時の対応は、どのくらい安定していますか?」
そうした質問に対して、
実体験をもとに答えてくれるのが、代理店という存在でもあります。
◾️ 思い込みが崩れた瞬間
JITACを訪れたことで、私の中にあった一つの思い込みが崩れました。
それは、
「代理店から直接仕入れたほうが、問屋を介するより安い」
という考え方です。
流通の中間コストを省けるのだから、当然そうだろう。
当時は、何の疑いもなくそう思っていました。
ところが、現実はそう単純ではありませんでした。
◾️ 問屋の価格が安い理由
後日、JITACで見た生地と、
問屋から提示された同等クラスの生地の価格を比較する機会がありました。
結果は、問屋のほうが安い。
なぜ、そんなことが起こるのか。
理由は明確でした。
問屋は、圧倒的なロットで発注をかけるからです。
大量に仕入れることで、メーカーから特別な条件を引き出すことができます。
さらに、長年の取引による信頼関係。
この積み重ねが、価格にも反映されているのです。
◾️ 数字で見る仕入れ構造
例えば、こんなケースを想像してみてください。
生地原価:2,000円/m
関税・物流費:500円/m
→ 代理店ルート:2,500円/m
一方、問屋が大量発注した場合、
生地原価:1,600円/m
関税・物流費:300円/m
→ 原価合計:1,900円/m
ここに仮に20%のマージンを乗せたとしても、
(1,600+300)×1.2=2,280円/m
結果として、代理店ルートより安くなる。
こうしたケースは、決して珍しくありません。
◾️ 見えにくい“負担”という要素
代理店から直接仕入れる場合、
価格以外にも考慮すべき点があります。
・ ミニマムオーダー
・ 関税や輸送費の変動
・ トラブル時の交渉
・ リードタイムの長さ
これらをすべて自社で抱える覚悟が必要です。
一方、問屋を通す場合、
こうした負担を“価格の中で肩代わりしてくれている”とも言えます。
◾️ JITACで得られる、本当の価値
JITACの見本市の価値は、
単に「生地を仕入れる場」であることではありません。
・ 海外メーカーの動向
・ 次シーズンの素材トレンド
・ 市場での評価
・ 生産背景や品質管理体制
こうした情報を、
一度に、しかもリアルな言葉で得られる場所なのです。
◾️ 仕入れ判断に必要な視点
生地を選ぶ際、私が意識するようになったのは、
次のようなバランスです。
・ 品質
・ 供給の安定性
・ ブランド価値
・ 物流のしやすさ
・ トレンド性
どれか一つが突出していても、
他が欠けていれば、長くは続きません。
仕入れとは、常に「総合判断」なのだと、
JITACでの経験が教えてくれました。
◾️ 経験が判断基準を育てる
若い頃は、
「安いか、高いか」
その二択で考えてしまいがちです。
ですが、経験を重ねるにつれ、
「なぜ、この価格なのか」
「その裏に、何が含まれているのか」
を見るようになります。
JITACは、
そうした視点を養ってくれる、
非常に良い“学びの場”でした。
◾️ まとめ
JITACの見本市を通じて、
代理店と問屋、それぞれの役割と強みを知ることができました。
仕入れは、単なる価格競争ではありません。
コスト、リスク、情報、そして人との関係。
それらすべてを含めた上での判断が求められます。
この経験は、その後の仕入れの考え方に、
確実に影響を与えました。
それを証明しているのが、
見本市の現場だと思います。
◾️ 次回予告
次回は、産地の組合が主催する展示会についてお話しします。
また少し違った角度から、
「生地を見る」ということを掘り下げていきたいと思います。
どうぞ、お楽しみに。