2026.02.05:第51回 私の回顧録
仕入れ編
〜産地との関わり〜
みなさん、こんにちは。
前回のコラムでは、学生たちのファッションショーをきっかけにした産学連携、
そして作品が産地へとつながっていく流れについてお話ししました。
あの出来事を通して、改めて強く感じたことがあります。
それは、産地は決して遠い存在ではないということ。
今回は、その「産地」そのものについて、
少し腰を据えてお話ししてみたいと思います。
これまでの回でも、
尾州、京都、米沢といった主要な繊維産地については、
折に触れてご紹介してきました。
ただ、日本の繊維産地は、
その三つだけで語れるほど単純なものではありません。
日本各地には、
規模の大小を問わず、
土地の歴史とともに育ってきた繊維産地が点在しています。
そして産地とは、
単に「生地を生産する場所」ではなく、
技術・文化・人の営みが折り重なった集合体なのだと、
長年この業界に身を置く中で、
私は強く感じるようになりました。
◾️ 私にとって、産地はとても身近な存在
実は、産地というものは、
決して特別な場所だけに存在しているわけではありません。
私が現在暮らしている群馬県太田市も、
ニットの産地として知られています。
日常の中に、
編み機の音があり、
糸を扱う工場があり、
当たり前のように「作る現場」が存在している。
また、以前勤めていたインナーメーカーは、
栃木県足利市にありました。
そこはトリコット編みの産地として名を馳せてきた地域です。
こうして振り返ってみると、
私の生活圏そのものが、
産地に囲まれていたと言っても過言ではありません。
◾️ 「西の西陣、東の桐生」という誇り
桐生市の織物の歴史は、
実に1300年以上に及びます。
平安時代にはすでに織物が作られていた記録があり、
江戸時代には幕府の保護を受けながら、
絹織物の一大産地として発展しました。
「桐生織」と呼ばれる高級織物は、
その緻密さ、美しさから高く評価され、
現在でも舞台衣装や高級呉服などに使われています。
時代が変わっても、
用途が変わっても、
技術そのものは受け継がれていく。
産地とは、
そうした時間の積み重ねでもあるのだと思います。
◾️ 産地に足を運ぶということ
私にとって、
産地との関わりは、
単なる仕事上の付き合いではありません。
工場を訪れ、
機屋さんや職人さんと直接話をする。
その中で聞く、
「この糸は扱いが難しくてね」
「この工程が一番神経を使うんだ」
そんな何気ない言葉の一つひとつが、
生地を見る目を変えてくれます。
機械の音。
糸が擦れる感触。
染料の匂い。
カタログやスペック表だけでは、
決して伝わらない情報が、
現場には確かに存在しています。
仕入れの仕事において、
この“五感で得る情報”は、
とても大切な判断材料になります。
◾️ 日本の繊維産業を支える「分業」という仕組み
日本の繊維産業は、
世界的に見ても特徴的な構造を持っています。
それは、
高度に分業化された生産体制です。
糸を作る紡績工場。
織る・編む工程を担う工場。
染色や整理加工を行う工場。
それぞれが専門分野に特化し、
連携することで、
一枚の生地が完成します。
この分業体制こそが、
日本の生地が持つ品質の高さ、
繊細さを支えてきました。
◾️ 繊維産業の栄光と、その後
日本の繊維産業が最も活気を帯びていたのは、
1960年代から70年代にかけてだと言われています。
国内需要の拡大。
輸出産業としての成長。
まさに、日本経済を支える柱の一つでした。
しかしその後、
国際競争の激化、
生産拠点の海外移転、
コスト面での課題などにより、
多くの産地が縮小、あるいは姿を消していきました。
かつての賑わいを知る人ほど、
その変化は大きく感じられたはずです。
◾️ それでも、生き残っている産地がある
厳しい状況の中でも、
今なお国内で存在感を放ち続けている産地があります。
尾州は、
ウール素材の産地として、
世界的に高い評価を得ています。
京都・西陣は、
伝統と格式を守りながら、
独自の価値を保ち続けています。
米沢もまた、
染色技術や素材選びにこだわり、
高級素材の分野で存在感を示しています。
彼らに共通しているのは、
安さではなく、価値で勝負しているという点です。
◾️ 産地が生き残るために必要なこと
では、
これから先、
産地が生き残っていくためには、
何が必要なのでしょうか。
伝統を守り、同時に変わること
技術は、
守るだけでは継承できません。
時代に合わせて、
形を変え、
使われ方を変えながら、
生き続けていく必要があります。
サステナブル素材への対応。
デジタル技術の導入。
変化を恐れず、
柔軟であることが、
今の産地には求められています。
◾️ ブランドとしての価値を持つ
価格競争に巻き込まれれば、
日本の産地は不利です。
だからこそ、
「ここでしか作れない」
「この品質だから選ばれる」
そうした価値を、
明確に打ち出す必要があります。
若い世代へつなぐ
職人の高齢化、
後継者不足は、
多くの産地が抱える共通の課題です。
産地見学。
ワークショップ。
学校との連携。
若い世代が、
「面白そう」と感じる入口を、
いかに作れるかが重要です。
◾️ ゼネラリストとスペシャリストのあいだで
仕入れの仕事をしていると、
自分自身が
ゼネラリストであることを、
強く意識する瞬間があります。
すべてを極めることはできない。
だからこそ、
それぞれのスペシャリストと向き合い、
つなぐ役割を果たす。
産地と、
作り手と、
使い手のあいだに立つ存在。
その役割に、
やりがいと責任を感じています。
◾️ これからも、産地とともに
日本の繊維産業は、
決して過去の遺産ではありません。
今もなお、
進化し続ける力を秘めています。
私自身、
これからも産地を訪れ、
話を聞き、
その魅力を伝え続けていきたいと思います。
それが、
次の世代への、
小さな橋渡しになることを願いながら。
◾️ 次回予告
次回は、
私が生地産地を深く知るきっかけとなった、
生地の見本市についてお話しします。
展示会という「現場」で見てきたこと。
感じてきたこと。
また違った視点から、
お伝えできればと思います。
どうぞ、次回もお付き合いください。