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私の回顧録

2026.02.04:第50回 私の回顧録

仕入れ編
〜産学 その3 米沢展とその後〜

みなさん、こんにちは。

前回のコラムでは、文化服装学院二部服装科の学生9名によるファッションショー当日の様子をお話ししました。 「夜」をテーマにしたあのショー、いかがだったでしょうか。

10数年ぶりに当時の資料や写真を引っ張り出しながら文章を書いていると、当日の空気感や、バタバタとした舞台裏の様子、そして学生たちの少し緊張した表情まで、鮮明に思い出されました。

特に印象深かったのは、ショーでモデルを務めていたAさんの存在です。 彼女はその後、私が勤めていた会社にアルバイトとして入り、やがて社員となり、10年弱もの間、同じ時間を一緒に過ごしました。 あの時はまさか、そんな未来が待っているとは思いもしませんでしたが、写真の中の彼女を見ると、なんとも言えない懐かしさと不思議な縁を感じます。

今回のショーには、デザイナー役の学生だけでなく、モデル、照明、音響、運営サポートなど、30人近い人たちが関わっていました。 学生主体とはいえ、ひとつの「場」をつくるという意味では、立派なプロジェクト。 若いエネルギーに触れながら、こちらが力をもらっていたことを、改めて思い出します。

さて、前置きが少し長くなりましたが、前回の本文中で「もう一つのビッグニュース」として触れた出来事。 今回のコラムでは、その話を中心にお伝えしていきたいと思います。

米沢展

◾️ 「展示したい」という正式なオファー

「展示したい」という正式なオファー

そのビッグニュースとは、 「米沢展にて、今回のファッションショー作品の一部を展示したい」 という正式なオファーをいただいたことでした。

実は、こちらから以前より「もし可能であれば…」という形でお願いはしていました。 ただ、実現するかどうかは正直わからず、半ばダメ元のような気持ちもありました。

そんな中でいただいた正式なオファー。 電話を受けた瞬間、素直に「やった」と思ったのを覚えています


◾️ 米沢展に展示されるということの意味

全員の作品を展示していただくことは叶いませんでしたが、ピックアップされた数点を紹介していただけることになりました。 それでも、学生が手がけた作品が、産地の展示会という公式な場で紹介されるという事実は、とても大きな意味を持っています。

学生と産地。 言葉にすると簡単ですが、実際に両者をつなぐのは決して容易なことではありません。

今回の展示を通して、 「学生が産地の生地をどう受け取り、どう表現したのか」 それを、米沢繊維協同組合連合会の方々にも、来場者の方々にも、直接見ていただける。

ようやく、本当の意味での“橋渡し”ができたのではないか。 そんな手応えを感じました。

米沢テキスタイルコレクション2009 S/S 開催概要

日程:平成20年5月22日(木)~23日(金)
午後1時~午後6時
 (最終日は 午前9時30分~午後6時)

会場:TEPIA(テピア)3F Cホール
東京都港区北青山2-8-44

都心で行われる産地展示会ということもあり、業界関係者の来場も多く、非常に濃い時間が流れる場でした。


◾️ 展示作品を選ぶという、嬉しくも悩ましい時間

米沢テキスタイルコレクション2009 S/Sにて、ファッションショー作品を紹介していただけることが決まり、次に待っていたのが展示作品の選定です。

今回は展示数が「3体」。 全員の作品を紹介できないことは、正直少し残念でした。 それでも、発表の場がひとつ増えたこと自体がありがたく、感謝の気持ちの方が大きかったと思います。

どの作品を選ぶかについては、私が決めるのではなく、 製作スタッフの皆さんに委ねることにしました。

それぞれの作品を間近で見て、制作過程も知っているメンバーだからこそ、冷静に、そして客観的に判断できる。 そう考えたからです。

時間との戦い、それでも前に進む

展示作品を先方に届けるまで、残された時間はわずか3日。 スケジュール的には、かなりタイトでした。

先方との細かな打ち合わせ、 メンバーとの連絡調整、 作品の梱包や発送準備。

この数日は、とにかく慌ただしく、気がつけば一日が終わっている、そんな日々が続きました。

それでも、なんとか無事に作品を送り出したときは、 「間に合った…」 と、思わず深く息をついたのを覚えています。

米沢テキスタイルコレクション2009 S/S。 実際に会場で作品を見るのが、今からとても楽しみでした。


◾️ 米沢展当日、会場で見た光景

展示会当日、会場に足を運ぶと、 メインステージの一角に、例の3体がしっかりと展示されていました。

その光景を目にした瞬間、 胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じました。

ボードには、次のような説明文が掲示されていました。

文化服装学院作品展示 文化服装学院二部服装科学生による 「米沢織」を使用した作品をご紹介致します。

作品名
「ウツセミ讃歌」
「シャガールの夜」
「信号」
※参考出品

学生の作品が、正式な展示として、こうして紹介されている。 その事実だけで、胸がいっぱいになりました。

改めて、 米沢繊維協同組合連合会の皆さまには、心より感謝申し上げます。

紹介ボード

◾️ またまた届いた、嬉しいニュース

展示の余韻が冷めやらぬ中、さらに嬉しいニュースが舞い込んできました。

ブティック社さんの「フィーメイル」で、今回のファッションショーが掲載される というお知らせです。

ショー当日、フィーメイルの編集長さんが会場に足を運んでくださっており、そのご縁でご紹介いただけることになりました。

こうして、別のメディアを通じて、学生たちの取り組みが広がっていく。 本当にありがたいことです。

掲載号は、5月28日発売のフィーメイル夏号。 書店に並ぶのが、待ち遠しかったのを覚えています。

FEMALE

◾️ なんと繊研新聞にも掲載されました

さらに驚いたのが、 6月2日の繊研新聞に、米沢テキスタイルコレクション2009 S/S展が掲載されたことです。

記事の中には、ファッションショーの作品も、ほんの少しですが写っていました。 業界紙に載るというのは、やはり特別なものがあります。

記事では、米沢展の特徴として、
・多彩なジャカード
・シルク素材
・トレンドの撚糸使いによるハリ・コシ
・複合素材のバリエーション
・光沢感と清涼感
といった点が紹介されていました。

学生の作品が、こうした文脈の中で語られる。 それは、単なる「学生作品」ではなく、産地と並ぶ表現の一部として扱われた、ということでもありました。

繊研新聞

◾️ 後日談|成功の裏にあった、ひとつの反省

こうして振り返ると、 たった一言から始まった「産学」の取り組みは、想像以上の広がりを見せました。

残念ながら、学生全員と打ち上げのようなことをする機会はありませんでしたが、 リーダーだったYくんと、生地を提供してくれた米沢のコンバーターの方と、 一度だけ飲む機会がありました。

「無事に終わってよかったですね」 そんな言葉を交わしながら、静かにグラスを傾けた夜。 あの時間も、今となっては大切な思い出です。

私自身、この経験から多くのことを学びました。 ただ、後になってひとつ、強く反省する出来事もありました。

制作者の意図と、展示の現実

それは、当社で最初に 「今度、ファッションショーをやるんです」 と話してくれていた学生から聞いた言葉でした。

彼女は、米沢展での展示方法について、少し憤りを感じていたのです。

理由は、
・ 制作者が意図していなかった着こなしになっていたこと
・ 春夏展という性格上、レイヤードの上着を重ね着されず、イメージが変わってしまったこと

作品は、完成した瞬間で終わりではありません。 「どう見せられるか」「どう着られるか」まで含めて、ひとつの表現です。

その大切な部分に、私自身が十分に気を配れていなかった。 彼女の話を聞いたとき、 「申し訳ないことをしたな」 と、心から思いました。


◾️ それでも、この産学は「成功だった」と思う理由

それでもなお、私はこの産学の取り組みを、 成功だったと感じています。

なぜなら、
これは仕事として始めたものではなく、 「面白そうだから」「やってみたいから」 という、純粋な動機から始まった取り組みだったからです。

その一歩が、 学生を動かし、 産地を動かし、 メディアを動かし、 そして私自身の価値観を大きく広げてくれました。

あれから15年以上が経ちました。 今こうして文章にしながら、改めて思います。

ご協力いただいたすべての方々に、 心から感謝申し上げます。 本当に、ありがとうございました。


◾️ 次回予告|産地という「現場」の話へ

今回は、米沢展を中心にお話ししましたが、 次回は、生地の産地そのものについて、もう少し踏み込んだお話をしたいと思います。

ものづくりの現場で、何が起きているのか。 どんな人たちが、どんな想いで生地をつくっているのか。

次回も、ぜひお楽しみに。



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