2026.04.08:第113回 私の回顧録
機屋の仕事5
〜原点回帰の営業〜
みなさん。こんにちは。
前回のコラムでは、「未来型オーダースーツ」というテーマのもと、これからのオーダースーツのあり方について、かなり踏み込んでお話をさせていただきました。
バーチャルショップによる疑似対面体験、セルフ採寸アプリの活用、そして対話型の接客という新しい形。
これまでの「来店ありき」の常識を一度疑い、時代に合った仕組みを模索する取り組みでした。
実際に進めていく中では、技術的な課題だけでなく、「人が服を選ぶ意味」そのものに向き合う場面も多くありました。
結果としては、いくつかの壁に直面し、途中で断念せざるを得ない部分もありましたが、それ以上に「本質はどこにあるのか」を考える機会になりました。
そして今回。
あえてその未来志向の流れから一歩引き、原点ともいえる「営業」という行為に立ち返ります。
デジタルでも、仕組みでもなく、“人と人が向き合う仕事”。
一見すると地味で、非効率にも見えるこの領域に、実は多くのヒントが隠されています。
今回は、私が実際に取り組んだ「テーラー開拓」という営業活動を通して見えてきたリアルを、少し深くお伝えしていきます。
◾️ 「誰に営業するのか」——戦略は“相手選び”で決まる
営業の成否は、極端な話「誰にアプローチするか」でほぼ決まると言っても過言ではありません。
商品力や提案力はもちろん重要ですが、それを必要としていない相手に届けても、結果にはつながらないからです。
テーラー開拓においても、最初に直面したのは「どのテーラーが自分たちの提案と相性が良いのか」という問いでした。
無作為に数を打つのではなく、ある程度の仮説を持ってターゲットを絞る必要があります。
ここで重要だったのは、「再現できる方法」であること。
属人的な勘ではなく、誰でも同じように進められる仕組みづくりを意識しました。
◾️ 現代の営業リスト生成ツール
そこで活用したのが、検索エンジンです。
「〇〇県 〇〇市 オーダースーツ店」というキーワードで検索し、上位に表示される店舗をリストアップしていきました。
検索上位に表示されるということは、少なくとも一定の集客意識を持っている、あるいは現在も動いている店舗である可能性が高い。
つまり、“今、ビジネスとして機能している対象”にアプローチできるということです。
シンプルですが、この手法には無駄が少なく、効率的に精度の高いリストを作ることができました。
◾️ 全国を網羅することで見えた“地域性の違い”
対象は限定せず、北海道から沖縄まで、全国規模で進めました。
この作業を通じて感じたのは、地域ごとの個性です。
都市部では洗練されたブランディングを前面に出す店舗が多く、地方では長年の信頼を大切にするスタイルが見受けられました。
同じ「オーダースーツ」でも、表現方法や強みの打ち出し方が異なる。
この違いを知ること自体が、営業のヒントになっていきました。
◾️ “見えないテーラー”という存在
一方で、検索に出てこないテーラーも数多く存在します。
ホームページを持たない、あるいは更新されていない。
そうした店舗は、今回の手法ではどうしても拾いきれません。
本来であれば訪問や紹介で補完すべき部分ですが、今回はあえて「データとして取得できる範囲」に絞りました。
この割り切りも、効率を保つためには重要な判断でした。
◾️ 400件という“行動の蓄積”
最終的に完成したリストは400件以上。
数字だけを見ると単なる件数ですが、その裏には一件一件の確認作業があります。
この積み重ねこそが、営業の土台をつくります。
一度作ったリストは、営業だけでなく分析や戦略立案にも活用できる“資産”になります。
◾️ メール営業——最初の接点をどうつくるか
メールは、最も効率的に多くの相手へアプローチできる手段です。
しかし同時に、「読まれない可能性が高い」手段でもあります。
だからこそ、件名や導入文、言葉遣いに細心の注意を払いました。
売り込みになりすぎず、それでいて何を伝えたいのかが明確であること。
◾️ 電話営業——“温度”が伝わる手段
電話営業は、メールとは対照的に“温度”が伝わる手段です。
声のトーン、話すスピード、間の取り方。
これらはすべて、その人の人柄として伝わります。
時には予想外の反応を受けることもありますが、それも含めてリアルな情報です。
短時間の会話の中に、相手の価値観や考え方が垣間見えることも多くありました。
◾️ リストは“複数の可能性”を持つ
このリストは、単なるテーラー開拓のためだけのものではありませんでした。
中国縫製の営業にも応用できる。
つまり、一つのデータが複数のビジネスに展開できる可能性を持っていたのです。
営業資産は「使い回せるかどうか」で価値が大きく変わります。
そういう意味でも、この取り組みは非常に有効でした。
◾️ 結果の違いは“相性”が生む
営業結果には必ず差が出ます。
それは単純な良し悪しではなく、“相性”の問題でもあります。
タイミング、ニーズ、考え方。
これらが噛み合ったときに、初めて継続的な関係が生まれます。
一度きりで終わるケースにも、必ず理由があります。
◾️ テーラーが重視する“本質的価値”
実際に話をしていく中で感じたのは、テーラーの多くが「品質」を重視しているという点です。
それは単に仕立ての良さだけではなく、
素材、仕上がり、着用時の満足感まで含めた“総合的な価値”でした。
価格はあくまで要素の一つであり、決定的な基準ではない。
この感覚は非常に印象的でした。
◾️ 強みが“武器にならない”経験
これまでのビジネスでは、コスト競争力が大きな武器でした。
しかしテーラーに対しては、それが響かない場面も多くありました。
この経験は、自分の前提を見直すきっかけになりました。
「強みは相手によって価値が変わる」
この当たり前の事実を、改めて実感しました。
◾️ チェーン店とテーラーの“思想の違い”
チェーン店は効率と回転率を重視します。
一方でテーラーは、一着に対する完成度を追求します。
この違いは、ビジネスモデルだけでなく、考え方そのものの違いです。
どちらが正しいという話ではなく、「軸が違う」ということです。
◾️ 価格を守るという“覚悟”
価格を下げないという判断は、簡単なことではありません。
それでもテーラーは、価値を守るためにその選択をしています。
そこには、自分たちの仕事に対する誇りがありました。
この姿勢は、営業する側にとっても非常に学びの多いものでした。
◾️ 人と向き合うことで見えるもの
営業を通じて出会う人は、本当に様々です。
対応の仕方、言葉選び、反応の仕方。
そのすべてに、その人の背景や価値観が表れます。
単なる取引先ではなく、“一人の人間”として向き合うことで、見えてくるものが増えていきました。
◾️ 続けた先にある“楽しさ”
最初は手探りだった営業も、続けていく中で少しずつ形になっていきました。
継続的な取引が生まれ、相談をいただき、関係が深まっていく。
そのプロセス自体に、やりがいと楽しさを感じるようになりました。
営業とは、関係性を築く仕事でもあるのだと実感しています。
◾️ まとめ
今回のテーラー開拓を通じて感じたことは、
営業とは単なる「売る技術」ではなく、「人と価値観に向き合う営み」であるということです。
相手が何を大切にしているのか。
なぜその価格なのか。
どんな想いでお客様に提供しているのか。
そこを理解しないままの提案は、どれだけ整っていても届きません。
一方で、相手の価値観に触れることで、自分自身の考え方も変わっていきます。
これまで当たり前だと思っていたことが、実は一つの選択肢に過ぎなかったと気づく瞬間もあります。
営業とは、相手を理解することであり、同時に自分を見直すことでもある。
そして、その積み重ねが、単なる取引を超えた信頼関係へとつながっていきます。
効率や仕組みが重視される時代だからこそ、
こうした“人と向き合うプロセス”の価値は、むしろ高まっているのではないでしょうか。
未来を考えることも大切ですが、
足元を見つめることでしか見えない本質も確かに存在します。
今回の経験は、そのことを強く教えてくれました。
◾️ 次回予告
次回は、さらに視点を変えながら、機屋の仕事をお伝えしていきます。
ぜひ、次回も楽しみにお待ちください。