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Textile Industry Column糸偏コラム:自由な視点
私の回顧録

2026.04.06:第111回 私の回顧録

機屋の仕事3
〜未来型オーダースーツへの挑戦〜

みなさん。こんにちは。

前回のコラムでは、機屋の仕事として取り組んだECサイト構築についてお話ししました。既存の取引先への案内からスタートし、小さいながらも確かな反応を得ることができました。

ただ、その中で感じたことがあります。それは、「生地を売るだけでは、本当の価値は伝わりきらない」ということです。

生地はあくまで素材です。その素材がどのように形になり、どのような価値を持つのか。そこまで含めて初めて、商品としての魅力が最大化されます。

そうした中で生まれたのが、「自社の生地を使って、オーダースーツとして販売できないか」という新たな挑戦でした。今回は、その未来型とも言える取り組みについてお話ししていきます。

未来型

◾️ ECの次に見えた「もう一段上の挑戦」

ECサイトを立ち上げたことで、“売るための入口”は整いました。しかし同時に見えてきたのは、生地単体での販売には限界があるという現実です。

テーラーであれば、生地の魅力だけでなく、仕立て・フィッティング・提案力といった要素が加わります。つまり、「製品としての価値」をどう作るかという視点が不可欠になります。

単に素材を提供するのではなく、その先の完成形までを見据えること。ここに、新たな挑戦の必要性を強く感じるようになりました。


◾️ 「自社生地×オーダースーツ」という発想

そこで考えたのが、自社生地を使ったオーダースーツの販売です。これは単なる販路拡大ではありません。

素材(機屋)・製品(スーツ)・販売(EC・直販)を一体化させる試みであり、いわば川上から川下までをつなぐ挑戦でした。

これまで分断されていた工程を、自らの手でつなぐことで、新しい価値を生み出せるのではないか。そんな可能性を感じていました。

発想

◾️ タイミングは“ポストコロナ”の転換期

ちょうどその頃、世の中はポストコロナへの転換期にありました。リアルとデジタルの融合、非対面でのサービス提供など、これまでの常識が大きく変わり始めていました。

従来のやり方だけでは通用しない時代。その中で今回の構想は、時代の流れとも合致していたように感じます。


◾️ 事業再構築補助金への挑戦

この取り組みを具体化するために、経済産業省の「事業再構築補助金」に応募しました。条件次第では費用の2/3が補助される制度です。

挑戦する側にとって、こうした制度は非常に大きな後押しになります。リスクを抑えながら、新しい取り組みに踏み出すことができるからです。


◾️ 評価された「未来性のある構想」

結果として、この計画は採択されました。単なるECではなく、「未来型のオーダースーツ販売」という点が評価されたのだと思います。

構想としての方向性は間違っていなかった。その事実は、大きな自信にもつながりました。


◾️ 目指したのは“未来型ビスポーク”

このプロジェクトの核は、未来型ビスポークテーラーです。場所や時間に縛られず、新しい体験を提供する形を目指しました。

従来の対面中心のスタイルから一歩進み、より自由で柔軟な仕組みを構築しようと考えました。


◾️ 仮想空間という新しい売り場

その中心にあったのが、仮想空間(バーチャルストア)です。単なるECではなく、店舗のように“体験できる場”をオンライン上で再現しようとしました。

商品を見るだけでなく、説明を受けたり相談したりできる空間。これまでにない売り場の形を目指していました。


◾️ 「対話型」という新しい価値

特に重視したのが“対話型”という要素です。従来のECはユーザーが一方的に選ぶ仕組みですが、オーダースーツは本来対話によって完成する商品です。

好みや用途、体型などをヒアリングしながら作る。そのプロセスをオンラインでも再現することに、大きな価値があると考えました。

対話型

◾️ “買う”ではなく“体験する”という発想

もう一つのテーマは体験型です。単に購入するのではなく、選ぶ・作る・待つという一連の楽しさを提供すること。

オーダースーツは、完成までの過程そのものに価値があります。その体験をどう届けるかが重要なポイントでした。


◾️ ECとリアルの弱点を埋める構想

この取り組みは、ECとリアル店舗の弱点を補完するものでした。ECは対話が弱く、リアルは時間や場所の制約があります。

それぞれの弱点を補い合うことで、新しい価値を生み出すことができると考えました。


◾️ 移動販売というもう一つの可能性

さらに検討していたのが移動型ショップです。店舗に来てもらうのではなく、こちらから出向くという発想です。

自宅やオフィスなど、場所を選ばずにオーダー体験を提供することで、新たな顧客層へのアプローチも可能になると考えていました。


◾️ AI採寸という革新技術の導入

そしてもう一つの柱がAI採寸です。スマートフォンで写真を撮るだけで採寸データが取得できる技術。

これにより、オーダースーツのハードルは大きく下がります。これまで必要だった専門的な採寸の壁を、テクノロジーで乗り越える試みでした。


◾️ 現実として立ちはだかった“技術の壁”

しかし、構想を実現するには大きな壁がありました。それがバーチャルストアのシステム構築です。

アイデアとしては描けても、それを実際に形にするには高度な技術とコストが必要でした。結果として、この部分は実現に至りませんでした。


◾️ 制度の制約というもう一つの壁

さらに、補助金の対象外となる項目もありました。例えば移動販売に必要な車両などです。

制度を活用する中で、理想通りに進められない現実もあり、計画の一部は見直しを余儀なくされました。


◾️ それでも得られた“大きな経験”

結果として、このプロジェクトは完全な形では実現しませんでした。しかしその中で得られたものは非常に大きかったと感じています。

構想を描く力、仕組みを考える力、未来を見据える視点。これらは確実に次へとつながる財産となりました。


◾️ まとめ

今回の取り組みを通して強く感じたのは、挑戦とは必ずしも“成功”だけを意味するものではないということです。

結果として未完成に終わったとしても、その過程で見える景色があります。オーダースーツの未来、デジタルとリアルの融合、体験価値の重要性。

これらは、実際に考え、動いたからこそ得られたものです。

そして何より重要なのは、「構想できるかどうか」です。描けなければ、実現もありません。

挑戦とは、今の延長ではなく、一歩先を想像すること。その視点を持つことが、新しい価値を生む第一歩になります。

現実には技術・コスト・制度といった制約があります。それでも挑戦することで、自分の視野は確実に広がります。

「やらなかった後悔より、やった経験の方が価値がある」

この経験は、間違いなく次につながっています。そしてこれからも、その積み重ねを続けていきたいと思います。


◾️ 次回予告

次回は、この機屋の取り組みの中で、より現実的な営業の現場にフォーカスしながら、どのように形にしていったのかをお伝えします。

一つの仕事に焦点を当て、その裏側にある判断や葛藤も含めて深く掘り下げていきます。ぜひ、次回も楽しみにお待ちください。



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