2026.04.04:第109回 私の回顧録
機屋の仕事
〜協力するきっかけ〜
みなさん。こんにちは。
前回のコラムでは、「中国縫製の日本営業」という一つの章を総集編として振り返りました。
最初のきっかけから、営業活動、試行錯誤、そして契約終了に至るまで。
その中で見えてきたのは、
・強みとは何か
・ビジネスはどう成立するのか
・信頼とはどう築かれるのか
といった、本質的なテーマでした。
そして最終的にたどり着いたのは、
「仕組みがなければ、強みは活かせない」
という現実です。
頭では理解していたものの、実際にやり切ることの難しさ。
これは今でも強く心に残っています。
しかし同時に、この経験があったからこそ、
その後の仕事に対する見方は大きく変わりました。
今回からは、現在も関わっている「機屋(はたや)」の仕事についてお話しします。
これは単なる新しい仕事ではなく、
これまでの経験が“線として繋がった”と実感できた現場でもあります。
◾️ すべての始まりは「退職後の挨拶」から
この仕事のきっかけは、とても自然な流れの中で生まれました。
2020年6月。
20年間勤めた会社を退社した際、これまでお世話になった取引先へ挨拶に伺いました。
その中の一社が、今回の機屋さんです。
特別な商談があったわけではありません。
あくまで「長年お世話になりました」という一区切りのご挨拶。
しかし振り返ると、こうした“何気ない行動”の中に、
次の仕事の種が含まれていることは少なくありません。
この時はまだ、ここから新しい関係が始まるとは思っていませんでした。
ただ、過去のご縁に対して、誠実に向き合う。
その積み重ねが、次につながっていく。
そんなことを改めて感じるきっかけでもありました。
◾️ 機屋という存在とその立ち位置
その会社は、いわゆる織布メーカー、機屋です。
主な取引先は、
・生地問屋(羅紗屋)
・アパレルメーカー
いわゆる「川上」に位置する企業です。
一部ではテーラーやオーダースーツチェーンとの取引もありましたが、
基本的には受注生産が中心で、最終消費者との距離は遠い立場でした。
つまり、
「作る力はあるが、売る現場からは離れている」
この構造は、製造業において非常に多く見られる形です。
良いものを作る技術はある。
しかし、それが誰にどう届くのかは見えにくい。
この“距離”こそが、後に大きなテーマになっていきます。
◾️ コロナ禍という“異常な環境”
訪問した2020年というタイミングは、まさにコロナ禍の真っ只中でした。
業界全体が混乱し、
どこへ行っても先行きの見えない不安が広がっていました。
特に印象的だったのは、
**「川上に行くほど厳しい」**という声です。
私自身はこれまで川中〜川下の現場にいたため、
ここまでの厳しさを肌で感じる機会はありませんでした。
しかし実際には、
受注の減少がダイレクトに影響する川上こそ、
最も厳しい状況に置かれていたのです。
この時、初めてその現実を実感しました。
◾️ サプライチェーン全体が止まる構造
状況を整理すると、非常にシンプルです。
お客さんがスーツを作らない
↓
小売店が受注できない
↓
問屋が発注しない
↓
メーカーに仕事が来ない
この流れが、完全に止まっていました。
つまり、どれだけ良い生地を作っても、
**「使われる場がない」**という状態です。
これは、川上にとっては致命的です。
努力ではどうにもならない外的要因。
この現実に直面したとき、
従来のやり方だけでは立ち行かないことは明らかでした。
◾️ 「問屋を通さない」という発想の転換
そこで出てきたのが、
**「小売への直接販売」**という発想でした。
これまでの流れを変え、
最終ユーザーに近いところへアプローチする。
つまり、問屋依存からの脱却です。
これは単なる販路変更ではなく、
ビジネスモデルそのものの転換を意味します。
当然、簡単な話ではありません。
長年築いてきた流通の関係。
役割分担。
価格構造。
それらすべてに影響が出るため、
一歩間違えれば既存の関係にも影響が出る可能性があります。
それでも、この状況の中では、
「やらなければ先がない」という判断でした。
◾️ 過去に聞いた「一宮の機屋の話」
ここで思い出したのが、以前聞いた愛知県一宮の機屋の話です。
その社長は、若い頃に同じような転換を経験していました。
当時の繊維業界は、
メーカー → 問屋 → 小売
という多層構造で、マージンが重なっていました。
そんな中で、問屋から
「直接販売してみてはどうか」
と言われたそうです。
結果として、その後問屋が倒産。
しかし直販に切り替えていたことで、事業は継続できた。
この話は、当時から非常に印象に残っていました。
◾️ 歴史は繰り返すという実感
この話を今回の機屋の社長に伝えたとき、
私は強く感じました。
「時代は変わっても、本質は変わらない」
流通の変化。
中間構造の見直し。
直販へのシフト。
これらは、時代ごとに形を変えながらも、
繰り返し起きている現象です。
そして今回もまた、
同じような転換点に立っている。
そう感じました。
◾️ 「どこに売るか」という現実的な課題
しかし、「直接売る」と決めただけでは何も始まりません。
重要なのは、
・ どこに売るのか
・ どうやって届けるのか
この具体性です。
ここが曖昧なままでは、
どれだけ良い考えでも実現しません。
理想と現実の差を埋めるのは、
この「具体化」の部分です。
◾️ テーラー開拓という地道なスタート
そこで始めたのが、テーラー探しです。
現在はホームページがあるため、
地域ごとに検索し、ある程度リストアップすることは可能です。
しかし、
「見つけること」と「取引につながること」は全く別です。
ここから先は、
やはり地道な営業活動になります。
一件一件、
相手のスタンスを確認しながら、
関係を築いていく。
このプロセスは、どの時代でも変わりません。
◾️ 問屋と小売の“単位の違い”への対応
さらに大きな課題がありました。
それは、販売単位の違いです。
問屋は反物単位。
しかしテーラーは着分単位。
この違いは、単なる数量の違いではありません。
在庫管理、価格設定、販売方法、
すべてに影響します。
つまり、
商品設計そのものを見直す必要があるということです。
◾️ サンプル作りという最初の一歩
そこで取り組んだのが、サンプル作成です。
いわゆるバンチサンプル。
実際に手に取って選べる形にすることで、
テーラー側が判断しやすくなります。
これは単なる見本ではなく、
「売るためのツール」です。
この準備があるかないかで、
営業の結果は大きく変わります。
◾️ 「見せる準備」が整って初めて営業になる
ここまで揃って、ようやく営業が成立します。
・ 商品
・ サンプル
・ 価格
・ 供給体制
これらが揃って初めて、
「提案」ができる状態になります。
この準備の重要性は、
これまでの経験からも強く感じていました。
◾️ ホームページ制作という新たな役割
そんな中で依頼されたのが、ホームページ制作でした。
小売に直接販売するためには、
“入口”が必要です。
その役割を担うのが、ホームページでした。
単なる会社紹介ではなく、
営業の一部としての機能が求められました。
◾️ これまでの経験が活きた瞬間
私はこれまでにいくつかホームページ制作に関わった経験がありました。
専門家ではありませんが、
「何を伝えるべきか」は理解していました。
営業経験があるからこそ、
伝えるべき情報の優先順位が見える。
この時、
これまでの経験が“形として活きた”と感じました。
◾️ シンプルだからこそ伝わる構成
完成したホームページは、非常にシンプルなものでした。
・ トップページ
・ 会社概要
・ メッセージ
・ 在庫表(PDF)
・ 問い合わせ
最低限の構成です。
しかし重要なのは、
**「必要な人に、必要な情報が届くこと」**です。
派手さではなく、伝わること。
この考えを軸に構成しました。
◾️ まとめ
今回の話を通して、改めて感じたことがあります。
それは——
仕事は、突然生まれるものではない
ということです。
退職後の挨拶。
過去に聞いた話。
営業としての経験。
ホームページ制作の経験。
一つひとつは点です。
しかし、それらがあるタイミングで繋がり、
新しい仕事として形になります。
そしてもう一つ重要なのは、
**「変化にどう向き合うか」**です。
コロナという環境の変化により、
従来のやり方は通用しなくなりました。
しかしその中で、
・ 直販という発想
・ 商品設計の見直し
・ 情報発信の強化
といった新しい取り組みが生まれました。
変化は、確かにリスクです。
しかし同時に、
これまでにない可能性を生むきっかけでもあります。
そして、そのチャンスを掴めるかどうかは、
日々の積み重ねにかかっています。
経験は、すぐに役立つとは限りません。
しかし、必要なタイミングで必ず活きてくる。
今回の機屋の仕事は、
そのことを強く実感させてくれた出来事でした。
◾️ 次回予告
次回は、この機屋の仕事が実際にどのように動き出したのか、
そして営業としてどのように関わっていったのかをお伝えします。
一つの仕事にフォーカスしながら、
その裏側にある判断や葛藤も含めて、より深く掘り下げていきます。
ぜひ、次回も楽しみにお待ちください。