2026.03.22:第96回 私の回顧録
グループ企業
〜リアルな現場20〜
みなさん。こんにちは。
前回のコラムでは、「量産型オーダースーツ工場」についてお話ししました。フルオーダーとの違いに触れながら、効率と再現性を追求したものづくりの世界をご紹介しました。
フルオーダーが一着一着に向き合う職人の世界だとすれば、量産型オーダーは、仕組みと連携で品質を支える世界です。
そして今回も、その「縫製工場」をテーマにお話ししていきます。
ただし今回は、少し視点を変えてみたいと思います。
縫製工場と聞くと、「縫う場所」というイメージが強いかもしれませんが、実はその裏側には、非常に重要な役割を担う存在があります。
それが――
**「生地」と「CAD」**です。
◾️ 縫製工場を支える、もうひとつの主役
縫製工場の中で、ミシンを踏む職人の姿は分かりやすい存在です。
しかし実際には、その前段階で多くの工程と準備が積み重なっています。
・どの生地を使うのか
・どのサイズで作るのか
・どの仕様で仕上げるのか
これらが整って初めて、「縫う」という工程に入るのです。
今回は、その中でも私が深く関わってきた「生地」、そしてものづくりを大きく変えた「CAD」についてお話ししていきます。
◾️ 生地から見た縫製工場の現実
私はもともと、生地の仕入れを本業としてきました。
そのため、縫製工場に関わる中でも、まず目が向いたのは「生地の動き」でした。
通常、テーラーからの受注であれば、採寸表とともに生地が工場に届きます。
つまり、「必要な分だけ入ってくる」仕組みです。
しかし、私たちのケースは少し違いました。
◾️ グループ企業だからこその在庫戦略
オーダースーツチェーンとグループ企業であったため、私たちは大量の生地を工場に備蓄するという形を取っていました。
これは一見、効率的に思えます。
・ すぐに生産に入れる
・ 物流コストを抑えられる
・ リードタイムを短縮できる
しかしその裏側には、非常に大きな課題がありました。
それが――
在庫管理の難しさです。
◾️ 数字で見る、生地消費のスケール
例えば、1日200着の注文が入るとします。
1着あたり約3mの生地を使用すると、
1日で600mの生地が必要になります。
さらに、1反が50mだとすると、
12反が消費される計算です。
これが20日稼働すると、
240反、12,000mという膨大な量になります。
この数字だけでも、現場のスケール感が伝わるのではないでしょうか。
◾️ 「売れる生地」と「眠る生地」
当然ながら、すべての生地が均等に動くわけではありません。
・ 人気が集中する定番商品
・ ほとんど動かない在庫
・ シーズンで偏る需要
こうしたバラつきがあるため、在庫はどんどん複雑になっていきます。
当初は過去からの持ち越しもあり、
何千種類もの在庫を抱えていました。
これは、管理というより「戦い」に近いものでした。
◾️ 在庫が合わないという現実
さらに問題だったのは、
店舗と工場の在庫が連動していなかったことです。
それぞれが独自に管理しているため、どうしても差異が生まれます。
・ 入力ミス
・ タイムラグ
・ 処理タイミングの違い
こうした小さなズレが積み重なり、やがて大きなズレになっていきます。
◾️ 見えないロスが積み重なる瞬間
例えば、シーズンで500m売れる定番生地があったとします。
1反に3つの傷があった場合、裁断後に見つかると、その分を補う必要が出てきます。
結果として、1反あたり約2.4m余分に使用し、
10反で24mのロスになります。
しかし、店舗側の在庫はそのままです。
つまり――
「あるはずの在庫が、実際にはない」状態が生まれます。
◾️ タイムラグが生むズレの正体
さらに厄介なのが、処理のタイミングです。
工場側で在庫が減るのは、「裁断した時」です。
しかし、受注から裁断までに10日以上かかることもあるため、その間に販売は進んでいきます。
販売側では在庫が減っている。
工場側ではまだ減っていない。
このズレが、常に発生していました。
◾️ 「合わせる日」が存在しない難しさ
在庫を合わせるには、「同じタイミングで見る」必要があります。
しかし、現場ではそれができません。
その結果――
年に一度の棚卸しで調整するというのが実情でした。
これは理想的とは言えませんが、現実として受け入れざるを得ない部分でもありました。
◾️ もうひとつの柱、CADという存在
ここからは、もうひとつの重要な要素である「CAD」についてお話しします。
CADとは、「Computer Aided Design」の略で、コンピュータによる設計支援のことです。
オーダースーツにおいては、
パターン(型紙)を作る技術を指します。
◾️ フルオーダーとの決定的な違い
フルオーダーの場合、フィッターが一人ひとりに合わせて型紙を作成します。
まさに職人技です。
一方、量産型では違います。
あらかじめマスターパターンを作成し、それを基に展開していきます。
◾️ グレーディングという革新
CADの大きな特徴のひとつが「グレーディング」です。
これは、基準となるサイズから、サイズ違いの型紙を自動生成する仕組みです。
・ サイズ差(ピッチ)を設定
・ シルエットを維持
・ 効率的なサイズ展開
これにより、大量生産が可能になります。
◾️ オプションの組み合わせという難題
さらに複雑なのが、オプションの存在です。
例えば、オプションが100種類あるとすると、その組み合わせは膨大になります。
・ ラペル形状
・ ポケット仕様
・ 裏地
・ ボタン
これらが掛け合わさることで、
ほぼ無限に近いバリエーションが生まれます。
◾️ システム構築という見えない苦労
こうした内容をCADに登録するには、初期段階での大きな労力が必要です。
・ モデルごとの設計
・ サイズ展開
・ サイズ展開
・ オプション設定
この作業には、CAD開発元の協力も不可欠でした。
まさに、システムと現場の共同作業です。
◾️ CADオペレーターという職人
登録が完了すると、実際の運用はCADオペレーターが行います。
採寸データを入力し、最適なパターンを生成していきます。
熟練者であれば、
1着を10分以内で処理することも可能です。
これは、従来では考えられないスピードです。
◾️ それでも残る「人の領域」
ただし、すべてが万能というわけではありません。
・ 許容範囲を超えた体型
・ 特殊な要望
・ 微妙なバランス調整
こうした部分は、やはり人の判断が必要になります。
◾️ デジタルとアナログの共存
現在では、店舗の採寸データと工場のシステムが連動し、さらに効率化が進んでいます。
それでも――
最終的に品質を支えているのは「人」です。
デジタルとアナログ。
この両方があって初めて、成り立つのが縫製工場なのだと思います。
◾️ 見えない部分こそ、価値がある
今回お話ししたのは、普段あまり表に出ない部分です。
・ 在庫のジレンマ
・ システムの工夫
・ 現場の調整
どれも地味ではありますが、非常に重要な要素です。
◾️ 次回へ向けて
縫製工場の話は、まだまだ続きます。
次回は、さらに現場に踏み込み、
「人」と「工程」にフォーカスしたお話をしたいと思います。
ものづくりの本質に、もう一歩近づいていきます。
どうぞ、次回もお楽しみに。