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Textile Industry Column糸偏コラム:自由な視点
素材のちから

2026.01.12:第8回 素材のちから

群馬県立絹の里でたどる
〜知ることで、残せる〜

◾️ はじめに|現場を見たあと、必ず行きたくなる場所

前回のコラムでは、 実際に訪れた、**今も稼働している製糸工場「碓氷製糸工場」**についてお話ししました。

現場で、 湯気を感じ、 音を聞き、 糸の細さに驚き、 人の手の確かさに感動したあと――

ふと、こんな気持ちが湧いてきました。

「この産業を、もっと“体系的に”知りたい」

点ではなく、線で。 現場だけでなく、背景まで。

そんなときに思い出したのが、 同じ社員旅行で訪れた 群馬県立絹の里 でした。

実はこの場所、 社員旅行以前にも一度立ち寄った記憶があります。 ただ、そのときは完全に偶然。

車で走っていて、 「あ、絹の里って書いてある」 そんな軽い気持ちで入館したのを覚えています。

写真も残っていないので、 いつだったのかは正直わかりません。

でも、不思議なことに、 印象だけは、はっきり残っている。

今回は、 そんな群馬県立絹の里を、 「素材のちから」という視点で、 あらためてじっくりご紹介します。

群馬県立絹の里

◾️ 群馬県立絹の里とは|“見る場所”ではなく、“理解する場所”

群馬県立絹の里は、 群馬県高崎市にある、絹に特化した専門博物館です。

ただし、 「着物がたくさん並んでいる展示館」 というイメージで行くと、少し驚くかもしれません。

ここは、 ・ 絹の歴史
・ 産業としての成り立ち
・ 技術の変遷
・ 人の関わり
を、体系的に学べる場所です。

これまでこのコラムで紹介してきた、
・富岡製糸場
・高山社
・田島弥平
・荒船風穴
そして碓氷製糸工場
それらが、 ひとつの大きな流れの中に配置される。

その感覚を得られるのが、 群馬県立絹の里なのです。

理解する場所

◾️ 常設展示と企画展示|「知識の軸」と「時代の問い」

製糸場の仕事は、 とてもシンプルなところから始まります。

館内の展示は、 大きく分けて 常設展示 と 企画展示 に分かれています。

・ 常設展示:絹の基礎と通史
・ 企画展示:テーマ性・現代との接続
今回は、 私が実際に写真を撮っていた展示を中心に、 いくつかご紹介します。

展示

◾️ 群馬県蚕糸・織物業通史

――「いつから、なぜ群馬だったのか」

まず目に入るのが、群馬県蚕糸・織物業通史。

これは、群馬県立絹の里の公式資料や解説にも基づく、 非常に重要な展示です。

残念ながら、 私が撮影した写真は鮮明ではなく、 「いつから書かれていたか」までは読み取れませんでした。

ただ、展示内容から伝わってくるのは、 ひとつの明確な事実です。

群馬は、偶然ではなく、必然として蚕糸県になったということ。

・ 内陸性の気候
・ 桑の栽培に適した土地
・ 農家の副業としての養蚕
・ 明治以降の国家的政策

これらが重なり合い、 群馬は「日本の絹を支える土地」になっていきました。

富岡製糸場だけが突出していたわけではありません。地域全体が、産業として動いていた。

その前提を、この展示は静かに教えてくれます。

群馬県蚕糸・織物業通史

◾️ 3つのシルクロード

――絹は、世界をどうつないだのか

次に紹介したいのが、 3つのシルクロード という展示です。

一般的に「シルクロード」と聞くと、 中国からヨーロッパへ続く陸路を思い浮かべる方が多いと思います。

しかし、展示では、
・ 陸のシルクロード
・ 海のシルクロード
・ 近代以降の産業ルート

という形で、 複数の「絹の道」が示されています。

ここで重要なのは、絹は常に“国境を越える素材”だったという点です。

日本の生糸も、 明治以降、主に欧米へと輸出され、 日本の近代化を経済面から支えました。

素材が、 世界をつないでいた。

そんな視点を与えてくれる展示です。

3つのシルクロード

◾️ 日本の伝統的シルク産業

――技術は、地域で磨かれる

この展示では、 日本各地の伝統的なシルク産業が紹介されています。

・ 養蚕
・ 製糸
・ 織物
・ 染色

それぞれが、 地域ごとに異なる発展を遂げてきました。

面白いのは、すべてが同じ方向を目指していないという点です。

ある地域は量を追い、 ある地域は品質を極め、 ある地域は意匠に特化する。

この多様性こそが、 日本の絹産業の強みだったのだと、 あらためて感じさせられます。

日本の伝統的シルク産業

◾️ 生糸・玉糸の商標

――「信頼」を可視化する工夫

生糸や玉糸には、 かつて 商標 が付けられていました。

この展示は、 一見すると地味ですが、非常に重要です。

商標とは、 品質保証であり、 信用の証です。

つまり、 「この糸は、どこで、誰が、どんな基準で作ったか」 を、 ひと目で伝えるための仕組み。 ブランドという言葉がなかった時代に、 すでにブランド管理が行われていた。

この事実は、 現代の素材産業にも、強い示唆を与えてくれます。

生糸・玉糸の商標

◾️ 蚕とネズミ、そして猫

――産業を守った、意外な存在

養蚕における最大の敵。 それは―― ネズミ でした。

蚕も、繭も、 ネズミにとっては格好の餌。

そこで登場するのが、です。

猫の絵が描かれた資料が展示されていました。。

これは単なる装飾ではなく、 祈りと実用が混ざり合った存在でした。

「ネズミが来ませんように」 「蚕が無事に育ちますように」

そんな願いが、 絵という形になって残っています。

素材産業は、 どこかで必ず、人の祈りとつながっている。

そんなことを、 静かに感じさせてくれ、ここが、とても人間味のある展示で、 個人的に好きなポイントです。

高度な技術の裏側には、 こうした 生活に根ざした知恵 がありました。

猫の絵

◾️ 糸づくりの工程

――“知っているつもり”を壊してくれる

糸づくりの工程展示は、 非常にわかりやすく、 それでいて奥深い。

「知っている」と思っていた工程も、 改めて見ると、 「こんなに手がかかっていたのか」 と驚かされます。

前回の碓氷製糸工場の見学と合わせると、 理解が一気に立体的になります。

糸づくりの工程

◾️ 蚕の品種

――素材は、品種から始まる

最後に紹介したいのが、 蚕の品種 の展示です。

蚕にも、 品種改良の歴史があります。

・ 糸の太さ
・ 色
・ 強度
・ 飼育のしやすさ

それぞれ目的に応じて、 選ばれ、育てられてきました。

素材は、 自然の産物でありながら、 同時に人が設計した存在でもある。

その両面性を、 この展示は教えてくれます。

蚕の品種

◾️ 最後に|知ることが、残すことにつながる

ここまで、 群馬県立絹の里の展示を通して、 絹という素材を見てきました。

強く感じたのは、知ることが、残すことにつながるということです。

知らなければ、 価値は伝わらない。

伝わらなければ、 残らない。

どれだけ素晴らしい素材でも、 語られなければ、 やがて静かに消えていきます。

だからこそ、 こうした博物館の存在は、とても大切です。


◾️ 次回予告|日本のシルクをつなぐ場所へ

次回は、 日本国内に残る シルクに関わる施設・博物館・産地 を、 できる限りご紹介し、 「リンク集」としてまとめていきます。

点と点を、 線へ。 線を、面へ。

絹という素材が、 これからも日本に残っていくために。

乞うご期待・・・



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